月をこんなにも近くで見るのは、オスカーにも初めての経験だった。文字通り、今にも手が届きそう…いや、実際、腕を伸ばせば触れることも可能なのだろう、今までの太陽神には、軌道交差の折、月を太陽の熱波から守るための耐熱布の取り付けも、一つの仕事だったのだから。間近に見る月は、中心部に向けて緩やかに厚みを増す円盤状の物体で、形状としては、それほど趣のあるものとは言いがたかった。全体に真珠色の淡い光沢を放っているためか、その輪郭は朧で、はっきりとは目視できない。所々に色むらがみえるのは、各地の神殿から、様々な神へ捧げられた供物のエッセンスが、順次、かつ、一緒くたに蓄えられており、まだ未分化のためだろう。この月を『銀杯』と称するのは、ソーマ神ならではの修辞表現だなと、オスカーは思う。間近で見たそれは、もっと即物的な…大きな水がめ、単純な貯蔵庫といった所だ、と。
ただ、この後の大事が控えていなければ、オスカーは、この眺めを…月は遠目から見ている方が美しく神秘的に思えることを含め、単純に面白がっているだけで済んだろう。月と、己が操る太陽の馬車をすれ違わせるという一仕事があったとしても、それも、大して難事ではなかったし。
この乾季に入ってから、ソーマ神が、月の出の度に、月の出立点を少しづつ軌道の前面へとずらしてくれていたおかげで、月は今、天空の道の一番手前の際(きわ)を自走している。なので、オスカーは月の後背に大きく余裕をもって開いている奥側の軌道に馬車を操り走らせるだけで、月と日輪は重なり、特に問題なく、すれ違うはずだ。
月とすれ違う際、太陽の発する光輝及び熱量を一時的に抑え込む作業もー表向きは太陽の熱波から月を守る作業ということになっていたがー月の方に細工を施したから、オスカーは何もしなくていい、と、トバシュトリから、前もって言われていた。『月と日輪が重なり始めると、それを合図に、月の表面に黒点が生じ、後は自動的に熱量を吸収して蓄えるから、おめーがやるこたぁ何もねぇ、おめーは、ウシャスを馬車に迎え入れることに集中してりゃ、いいんだよ』と。
オスカーは、その言を聞いた時は、最初、ソーマ神、トバシュトリ神の両神とも、自分を甘やかしすぎ、楽にしてくれすぎなように感じた。今回の軌道交差にあたり、その発動時には、オスカー自身は、自ら為すことがほとんどなく、全て、周囲の手により、お膳立てされているように思えたからだ。それは、彼らが、オスカーを、太陽神にしかできないことに集中させるためー月と速度をあわせた馬車の操作と、そのための馬たちへの訓練、そして、何より肝要なウシャスの顕現を容易にすべく、強き思念でかの女神を呼ぶことだーだということはわかっていたが、それでも、オスカーには申し訳なくもあり、いくらなんでも、世話の焼きすぎ、焼かれすぎだと内心思ってもいた。
が、いざ、その時が近づいてきてみればどうだ。
自分には、月の興味深い眺めを楽しむ余裕すら、微塵もない。気もそぞろで、とてもではないが、落ち着いて、その時を、迎えるような、どっしりとした心境には程遠い。
俺が、浮き足立ってしまうだろうこと、細かく緻密な作業を任せるには、些か心もとない心境になってしまうだろうことを、ソーマ、トバシュトリ両神に、見抜かれていたこと、今、実際に、その通りであることを思うと、オスカーはどうにも面目ない気がして面映い。
が、浮き足立ってはいても、オスカーの心は、不安に冷え込んでいるわけではなかった。
オスカーは、トバシュトリの技術と才能、ソーマ神の緻密な段取り、友である太陽神たちの協力の何もかもに、そして、何よりもアンジェリークの聡明さと深い情愛に、絶大かつ絶対の信頼を寄せていたからだ。
もちろん、不安が全くないと言えば、嘘になる。心を疑心暗鬼に明け渡すのは、容易なことだろう。工巧神の仕掛けは、無事、発動するか、アンジェリークはその時を過たず捉え、己を象ることができるか、この太陽の馬車の内部で、少なくとも、この馬車の位置を捉えて、至近で顕現できるか…このうちの何か1つでも不具合が生じれば、オスカーたちの希望、夢、期待は、全て水泡に帰してしまうのだから。
だが、自らの疑念に縛られ、囚われてはダメだ、不安に捉まり、溺れてしまったら、成功するものもできなくなる。
友であり協力者である神々は、それぞれ、彼らにしかできないことをしてくれている。ならば、俺もまた、俺にしかできないこと、俺が為すべきことをするだけだ。その、各人の十全の努力が、1つの成果へと結実するのだ。
その信頼があるのなら…オスカーは考える…今、俺は、この御者台で、軌道交差の始まりを待ち構え、トバシュトリの仕掛けが、きちんと発動するかを…誰の目にも自ずと結果がわかることを、この目で見守る必要などない。
俺が為すべきは…俺がしたいことは…
月が圧迫感をもって間近に迫り来ていた、つまり軌道交差開始まで、あと、ほんのもう間もなく、という刻限に、オスカーは、意を決したように顔をあげ『頼んだぞ』という念と気をのせて、アグネシカに、軽く合図の鞭をくれた。
アグネシカが『承知』と言わんばかりに、頭をあげていなないた。鞭を合図に、オスカーは手綱を手放して、御者台に固定し、馬たちの足並みは、先頭馬のアグネシカが制御する。この乾季に入ってから繰り返してきた訓練だった。少しづつ、馬たち自身に歩みを任せる時間を長くしてきていたから、今は、軌道交差の間くらいは、安心して、馬車を馬たちに任せておけるはずだった。あわせて、月と太陽が完全に重なったら、可能な限り、馬車の速度を月のそれと合わせるようにと、軌道交差時の心象を、念話で馬たちに送ることで、仮想訓練も施してきた。いざ、その時になって、馬たちが、どこまで訓練と同じようにできるかは賭けだったが、馬たちの全てがいきなり暴走でもしない限りは、多少の増減はあっても、相当の時間、月と太陽は重なる…つまり、仮初の暗闇の持続時間は、相当量、捻出できるはずだと、オスカーは見込んでいた。
何より、オスカーは、アグネシカの技量と、自分との心の結びつきを信じていた。だから、オスカーは、一度手綱を手放した後は、馬たちの方を振り返らず、馬車の客車内に向かった。
車内にいても、軌道交差の開始は、太陽の熱量の漸次の減少から察知できるはずだったし、何より、その時を、オスカーは、御者台ではなく、馬車の中で迎えたかった。もっと正確に言えば、オスカーは、ウシャスが顕現する一部始終を、しかと、この目で確かめたかった。しっかりと見据えたいのは、見据えるべきは、太陽が欠け行く様ではなく、アンジェリークが、自分の目の前に現れてくれる、その様子だと、オスカーは考えた。
雨季の整備期間中に、御者台から客車内に容易に乗り移れるよう、トバシュトリが客車の前方部にオスカーが身をかがめて漸く通り抜けられる程度の小さくて目立たない扉を付けてくれてあった。替わりに他の乗降口は、全て、徹底的に目張りを施し、客車内への陽光の侵入を最小限にとどめるようにした、と聞いていた。万が一、取り付けた吸収体が、想定値ほどには陽光を吸収し切れなかった場合でも、ウシャスが客車内に顕現できるための、いわば安全網だとトバシュトリは言った。『俺様の発明に限って、失敗のあるはずはねーが、用心しておくに越したことはねぇ、これに関しては、やり直しのもう1回は、まず、ねぇだろうからな』と、トバシュトリが告げた時、オスカーは、彼が二段構えの用心を施してくれたことに、心からの感謝を捧げた。失敗やリスクを考慮しないのは、ただの蛮勇だ。万が一の時を想定し、備えを万全にしておくことこそ、計画を、成功へ導く王道だと、オスカーは、よくわかっていたからだ。
車内に入ると、オスカーの火の気を間近に受けて、発光球が炎の色合いを強めに、ほんのりと光って車内をあえかな灯で満たした。馬車の内部は、女神神殿のミニチュアという趣に改装されていた。くるぶしまで埋まりそうな柔らかな毛皮が床全面に敷き詰められ、壁面には綾織の壁掛けが掛けられて、無粋な馬車の骨組を覆い隠してある。生花を飾れぬ代わりにー太陽の熱気ですぐに萎れてしまうのでー花の精油が焚かれ、車内には、ほのかに芳しい香が漂っている。無骨な客車の外観からは想像のつかない、なよやかに艶やかな空間が、そこには広がっていた。
この芳しく、艶っぽい閨房に、いかにも勇壮で、いかめしい太陽神の正装は、あまりにそぐわない。大層不釣合いな気がする。それに、オスカーは「太陽神スーリヤ」としてではなく、ただの1人の男として、愛する女を呼び寄せたかった。オスカーは、太陽神の象徴である長靴を外し、豪奢な黄金の胸当てと腰垂れも取り去ると、簡素な腰布1枚の姿ーまだ、何の役職名ももたなかった頃のような、一介の火の青年の姿となった。
そして、一つ、深く息をつくと、くっ…と顔をあげ、熱く、強く、切実な思いで、恋人に呼びかけた。アンジェリークは、絶対、現れる、現れてくれるという確信と裏腹に、繰り返し呼びかける思念は、祈りに似ていた。
『アンジェリーク、会いたい…君に会いたい…俺は、ここだ、ここにいる。どうか、俺の前に…その愛らしく美しい姿を見せてくれ、アンジェリーク…』
思念を繰り返すほどに募り行く思いに、自身が息苦しくなりかけたその時だった、オスカーは、眼前の光景に、思わず、目を見張った。
馬車の中心にほど近い空間に、金真珠の色を放つ小さな光の粒が、一つ、ぽつんと現れた。
その光景を目にした瞬間、オスカーは、たった今、月が太陽に重なり始めたことを頭の片隅で理解した、が、自身は、その光の粒を凝視する以外、何もできなくなった。
その僅かの間にも、光の粒はどんどん数を増していく。か弱く瞬く光の粒が、次々と現れては、ある1点を中心に、見る見る、より集まっていく。
その光の粒たちが、無事、人の形を象れるようにと祈る以外、今のオスカーは、何も考えられない。
その光は、オスカーには、恐ろしいほど頼りなく、ほのかで、弱弱しいものに思えてならなかったからだ。昔、少年の頃、火の泉でアンジェリークの顕現を目にした時はーその最初の出会いの時以来、彼女の顕現を目にするのは、考えてみれば、これでたったの二度目だったー月の光もない夜闇の時だったゆえにか、誰かに見咎められるのを、危惧していた所為か、己が記憶の中にあるアンジェリークの光は、もっと、眩く、恐いほどに目立つものだったような気がしてならない。だから、今、集まりつつある光の粒の頼りなさが、オスカーは、気が気ではない。どうか、無事に顕現を果たしてくれ…と、固唾を呑んで見守るばかりで、他のことを考える余裕などない。
その時、刻一刻と、太陽の表に重なりつつあった月の表面には、無数の黒点にしか見えない吸収体が、唸りをあげて太陽の発する熱を蓄えつつあった。軌道交差そのものが初めての経験であるオスカーの神馬たちは、経験のなさが逆に幸いして、その光景に浮き足立つことなく、足並みも崩さなかった。初めての経験だからこそ、馬たちは、今回の軌道交差が今までのそれとは太陽と月の位置が逆転していることを知らない。言葉は通じずとも、主であるオスカーから、思念波で、幾度も繰り返し、軌道交差時の光景をイメージで見せられていたので、周囲が次第に暗くなっていく様子にも怯むことはなかった。太陽が徐々に黒く侵食されゆく、1種異様な光景も、何があろうと前方だけを見据えて進むよう厳しく訓練されてきた馬たちを動揺させることはなく、オスカーが入念に訓練を施していたことと、アグネシカの見事な統率力で、7頭の神馬たちは、落ち着いて、粛々と足並みを月に合わせつつあった。
地上では、サヴィトリとプーシャンの懸命のプロパガンダが功を奏し、民は、太陽が黒く欠け行く様を目にしても、慄いたり、恐慌状態に陥るものは、ほとんどいなかった。むしろ、民の多くは、昼日中に太陽が欠けていくという不可思議な現象を、スーリヤの偉大さとウシャスへの愛の深さの証であると、正しく認識し、空を仰いでは、世界が薄暮の色合いを深め行く様に、崇敬と祝福の祈りを捧げた。
ただ、月は、少しづつ太陽の光輝を覆い隠していったので、軌道交差が始まって暫くの間は、日が雲に翳った程度に薄暗くなったに過ぎなかった。世界が真正の暗闇に包まれるまでには、まだ、少々の時間を要した。世界に満ちる光量は、目にみえて漸減していってはいたが、一気に暗くなる訳ではないので、屋内にいる者の中には、太陽が黒く侵食されている現状に気づいていないものも、多々いた。特に天界の最上層では、それが始まった時に気づいた者は、当然、ソーマとトバシュトリ、そして、ミトラの3神だけだった。
ヴァルナが、事の次第に気づくのは、誰の目にも暗闇の訪れが明らかになった時のこととなろう。
太陽神としてのオスカーは、馬車の客車内にあっても、太陽の熱量の減少を肌身で感じとってはいたが、だからといって、気力や体力が萎える感覚もなければ、脱力を覚えることもなかった。その光と熱量を月の表面に吸収されているとはいっても、今現在、太陽は、厳然として、天空の道上で轟と燃え盛っているからだった。
『その姿が単に月に隠され、熱量を一時、溜め込まれるだけなら、おめーの神力には、大して影響はでないはずだ、雨季のように、太陽が燃えてねー、イコール、太陽神も力が出ねーっていうのと、根本的に状況が違うかんな』と断言していたトバシュトリの言葉が、オスカーの頭の片隅に浮かんでは消えた。自身の体調は、軌道交差の間、人事不省に陥らない程度にしっかりしていればそれでいい、それ以上の贅沢は言わない、今は自分のことより、とにかく、ウシャスの儚い程の光が、案じられてならない。
そんなオスカーの不安を余所に、光の粒は、収斂していく程に色味を濃くし、少しづつ大きさを増していって、ある一定の大きさになるや…最初、頼りなく瞬くばかりだった光の粒たちは、漸次、その輝きをも増していき…幼かったオスカーの記憶通りの風景が、だが、当時の記憶に倍する速度で展開し、光の塊に四肢と思しきものが象られていき、はっきりと人の形を取り始め…
瞬間、紅の光輝が、馬車の内部を満たし、オスカーの視界も真紅に染まった、と、思うや、その紅の光はすぐに消えうせ、オスカーの眼前に、真摯な表情で、一心に祈りを捧げるたおやかな乙女の姿が現れた。きゅっと瞳を閉じたまま、心の全てを傾けて熱心に何かを願い祈っているその乙女は、自身が既に顕現を果たしたことに、まだ、気づいていない。
それは、太陽が半ば以上月に隠された時、つまり、恣意的に作り出されし暗闇が、陽光の絶対量を上回り凌駕した、その瞬間の出来事だった、が、オスカーは、そんなことに考えをめぐらす余裕などなく、ただただ、眼前の乙女の姿を魂を奪われたように、見つめるばかりだった。
乙女は、夜明けの儀式に臨む際の、オスカーが見慣れた緋色の衣も金のヴェールもまとっていなかった。オスカーがスーリヤの名を拝してからというもの、彼女は、いつも儀典上の花嫁としての姿で、オスカーの眼前にあったが、今、彼女は、遠い昔、出会った頃のように…少年期のオスカーの記憶にあるままの、けぶるような薄物をまとっただけの、ひたすらに愛らしく、可憐にかわいらしい姿で、オスカーの前に現れた。
そして、オスカーの目には、何故だろう、女神の正装に身を包む彼女より、今の彼女の方が、何倍も美しく、魅惑的に見える。
今、閨の中は、彼女のはなつ高雅な気を受けて光球が金と紅の光輝を閃かせ、朱金の灯が車内を満たしていたが、その目にも綾な光が、彼女の蜂蜜色の巻き毛を一層艶やかに煌めかせ、絞りたての乳の色をした肌になまめかしい艶と彩を与えているせいか。
いや…それもあるだろうが、それだけじゃない…彼女が、スーリヤの儀礼上の花嫁ウシャスではなく…万人に愛と慈悲を垂れる女神としてではなく…この俺・オスカーのただ1人の積年の思い人、切ない憧憬と燃えるような恋情をひたすらに傾けてきた恋人、アンジェリークとして、現れ出でてくれたからだ…
その差異をはっきり明文化して意識できていたわけではなかった。が、オスカーは、反射的に、彼女を
「アンジェリーク!」
と、力強い声で呼んだ。念話ではなく肉声でアンジェリークに話しかけるのは、太陽神に任ぜられた折、彼女との再会を果たした時以来初めてのことだった。
アンジェリークが、驚いたように、弾かれたように、ぱっと、瞳を見開いた。オスカーが愛してやまない、吸い込まれそうな翠緑の瞳が、真っ直ぐにオスカーを見あげ、見つめた。たちまち、その瞳は、今にも涙の雫を溢れさせんばかりに潤んでいったが、同時に、彼女の花のような顔(かんばせ)には、満面の、心から嬉しそうな笑みが、見る見るうちに、零れおちそうなほどに広がった。しなやかな白い腕が、大きく広げられてオスカーの方へと伸ばされ、舞うような腕の動きにつられて、形のいい乳房がふるりと揺れたのが、薄衣の下に透けて見えた。全身で花開いているようだ、アンジェリークという花が、俺の眼前で、みるみる開花していく…俺を認めて、俺1人のために…そう思うと同時に、オスカーは勢い込んで駆け寄り、力一杯、アンジェリークを抱きしめた。が、すぐさま、一瞬だけ、己が腕の力を緩めて、彼女の顔を心配そうに覗きこむ、彼女が、自分の腕の中から消えていきやしないか恐れるように。そして、そっとその身を包み込むように抱きしめなおし…アンジェリークの温もりを改めて胸に感じ取った途端、オスカーは、弾かれたように、もう一度、きつくきつく、その華奢な身体が軋みそうな程強く抱きしめた。
「アンジェリーク…俺のアンジェリーク!」
「…あぁ…オスカー…オスカー!」
彼女の名を繰り返し呼ぶ以外、オスカーは、言葉が出てこない。
絶対に会えると信じていた、それでも、実際に、この腕に彼女を抱きとめるまで、オスカーは、ほとんど呼吸を忘れていた自分に、今、気付いた。
改めて、アンジェリークを己の体躯ですっぽりと覆い尽くさんばかりに抱きすくめる。オスカーは己が温もりを、彼女の身に染み入らせるように、同時に、彼女の温もりを全身で貪るように、その背にまわした腕を幾度も組み替えて、抱きしめなおす。
固く抱きしめる程に、アンジェリークの細い腕も、精一杯の力で、己が体躯を抱きしめ返してくれているのを、オスカーは感じる。
彼女は、ここにいる、間違いなく、俺の腕の中にいてくれる。どこまでも柔らかくなよやかな身体を、腕を食い込ませんばかりにきつく抱きしめ、その肌の温もりを全身に感じて初めて、この腕が虚しく空を切らずにいてくれることに、涙が出そうになる。いくら抱きしめても彼女が霧散せずに、己が腕の中にい続けてくれることに、叫びだしたいほどの喜びと高揚をかみ締める。
「君が、俺の腕の中にいる…確かに、俺のこの胸に…」
「ええ、ええ、オスカー…オスカーの声、はっきり聞こえたの、胸に響くように…。だから、全然迷わなかった…引き寄せられるように、導かれるように、ここに…オスカーの許にやってこれたの…初めて、火の泉でオスカーに出会った時のように…遠くからでも、オスカーの燃え盛る眩い炎の気は、はっきりわかって…私を招き、導いてくれた…」
「ああ、君も…あの時のままだ、俺が少年の頃からずっと焦がれ続け、この手で触れたい…思い切り抱きしめたいと願って止まなかった、そのままの君だ…その君を…俺は、今、漸く…この手に…」
「ええ、オスカー、だから、もっと抱きしめて、もっと…思い切り…きつく…かたく…苦しいくらい抱きしめて…」
元々、オスカーは腕の力を緩める気がなかった、否、緩めることなど考えられなかった、そこにアンジェリークのこの言葉を耳にしては、もう、自分の力を抑えることなどできようはずもない。
「アンジェリーク!」
たおやかな身体が軋んでしなるほどに強くかき抱かれた。でも、それすらもアンジェリークには喜びだった、苦しいほど強いオスカーの腕の力も、厚く逞しい胸板が頬に押し当てられる頼もしい感触も、嬉しくて、幸せでたまらない。
「あぁ…嬉しい…こんなにきつく…しっかり、抱きしめてもらえて…」
アンジェリークは、今にも泣きだしそうな瞳で、オスカーを見上げて訴えた。
「ずっと、ずっと、こうしてもらいたかったの…毎朝、あなたの腕の中で、光に戻る度に、願っていたの、もっと、たくさん、思い切り抱きしめてほしいって…ずっと抱きしめていてって…なのに、いつも、私の身は、私の願いとは裏腹に、口づけの途中で儚くなってしまって…それが情けなくて、寂しくて……」
すかさず、オスカーはアンジェリークの唇に触れるだけの口づけを落とした。
「大丈夫だ、君は、ちゃんとここに…俺の胸の中にいる」
すぐさま、もう一度、口付ける。先刻のそれより、少しだけ、触れ合う時間を長くする。
「っ…ん…」
「…君が望むだけ、いくらでも、俺は君を抱きしめる、そして君に口付ける、数えきれないくらいの口付けを贈る…」
そして、再び口づけると、此度、オスカーは舌を少し差し出して、アンジェリークのそれに、ほんの浅くそれを差し入れ、だが、それだけで、一度唇を離した。
と、アンジェリークが、名残惜しそうな、やるせない吐息をつく。
「だから…安心して…心配しなくていい、俺は、いやというほど、君を抱きしめる…いや…俺がそうしたいんだ…俺は…俺の方こそ、どれほど…こんな風に、君を、思いきり、抱きしめたかったことか…飽くほどに口づけたかったことか…」
「ん…オスカー…抱いて…もっと、きつく…そして…一杯口づけて…っ…」
いじらしく懇願するその唇に、オスカーは、いきなり噛み付くように口づけた。ふっくらと柔らかな唇を己のそれで食み、きつく吸いあげる。吸われた拍子にうっすらと開いた彼女の唇の間に、荒々しく己の舌を差し入れる。滑らかな歯列を舌先でなぞって、もっと口を開くように促すと、アンジェリークが、おずおずとではあったが、自ら、舌を差し出してくれ、オスカーは歓喜をもって、それを絡めとる。暖かく悩ましい感触の彼女の舌を己が舌で幾度か弾いてから、ねっとりと絡め合わせる。彼女の吐息ごと飲み込みたいとでもいうように、懸命に口を吸いながら。そんなオスカーの深く熱い口づけに、アンジェリークも、臆さずに応えてくれる。拙くとも、子供のような一心な懸命さでオスカーの唇を吸い返し、たどたどしくはあっても、オスカーの舌に、自分のそれを合わせようとしてくれた。
オスカーの頭に血が昇る。
思念を読み取らずとも、アンジェリークの想いが唇から伝わってくる。
いつも、唇を重ねる度に、もっと思う存分、飽くほどに口づけたいと願っていた、口づけを交わせるだけで、この上なく幸せだと思う一方で、口づけを交わすほどに、癒されない渇きが増していくようだった。そして、アンジェリークもそれは、まったく同じだったのだと。
オスカーは、アンジェリークの頭ごと抱えるように、更にしっかりと唇をあわせ、舌を思い切りよく差し入れた。アンジェリークの口腔内を、オスカーの舌が縦横に暴れる。彼女の口腔の隅々まで、舌で探って、舐めまわそうとしているかのように。
と、オスカーの腕の中で、アンジェリークの体が、突然、糸が切れたように、くたりと力を失った。同時に、彼女の膝が、かくん…崩折れそうになり、オスカーは、とっさに、背中に回していた己の腕を、アンジェリークの腰にスライドさせて、その身をしっかりと抱き支えた。
「あ…はぁ…なに…私…変…力…抜けて…立てない…」
物問いたげな瞳は濡れ濡れと潤み、頬を染めて、うっすらと開いた赤い唇からやるせなげに吐息をつくアンジェリークの様子に、オスカーは、文字通り、胸を射抜かれたような気がして、息を飲んだ。思わず、その額に、頬に、鼻先に、唇にと、無数の小さな口づけを立て続けに落とす。
「…君が、こんなにも俺との口づけに酔ってくれて…俺は……嬉しくて…頭がどうにかなりそうだ…」
「ん…オスカーの唇が…暖かくて、優しくて、気持ちよくて…一杯口づけると、こんな…ふわふわした…足元が覚束なくなるほど幸せな気持ちがするのね…あ…だから…なの?」
「?」
「オスカーが、こんなに柔らかな褥を用意してくださっていたのは…深い口づけを交わすと、その心地よさに、私が立っていられなくなっちゃうって、わかってらしたからでしょう?」
「アンジェリーク…君は…なんて、いじらしくて、かわいいことを言ってくれる…でも、確かにそうだ…俺は、君に、ゆったりと、心落ち着かせて、寛いでもらいたくて…少しでも居心地のいいようにと、この車内をしつらえてもらった。本当は花も用意したかったんだが…スーリヤになった俺は、生花を…少年の頃のように、君に捧げる花を摘んでこれなくなってしまって…それだけが残念だったが…」
少しだけ寂しそうに、それでいて、照れくさそうに笑むオスカーは、そして、そのはにかんだ笑顔は、アンジェリークには、初めて出会った頃の少年のままに思えた。彼の放つ輝かしい光輝と同様に。
眩しいのは、オスカー、あなただわ、オスカーみたいに眩しい人はいない…と、アンジェリークは心から感じいる。
「ううん、オスカー、ありがとう、生花がなくても、嬉しい…この場所を、私のことを考えて用意してくださって、私、心から嬉しい…それは、もちろん、昔、オスカーから、お花をもらった時も…ホントに嬉しかったけど…それは、オスカーがくれたお花だから、尚更、嬉しかったの…だから、大事なのは、オスカーなの、オスカーが、私のそばにいてくれること、自分が、オスカーの傍にいられることが、私には、何より嬉しいことなの…だから、私、今、信じられないくらい、幸せ…」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しい…俺も、愛する女に…君に喜んでもらいたい、心地よくなってもらいたくて、ここを用意したから…君を一杯気持ちよくしてあげたくて…君に、愛し、愛される喜びを、その幸せを、俺が、伝えられたらと、願いながら…」
「オスカー…」
「…そして同時に…俺も、君から…愛する女と情を交わす…互いに与えあい、受け入れあう、その喜びを教えてもらいたいと…そう願っている。愛している、アンジェリーク…君を心から愛している。俺は君が欲しい…君と一つになりたい…君と分ち難く結ばれて、愛し愛される喜びを交わしあいたい…」
「…私…私もよ、オスカー。オスカーに一杯触れたい、触れられたい…何よりも近く、深く、オスカーを感じたい…ずっと、ずっと、願っていたの。こんなにも強い望み…願いを抱いたのは生まれて初めて…」
「っ…アンジェリークっ…」
反射的にオスカーは、アンジェリークを、一層強く、己が胸に抱き寄せた。
瞬間、アンジェリークが、切なげな瞳でオスカーを見あげた。オスカーは、どうにも、たまらない気持になって、アンジェリークを抱いたまま、柔らかな毛皮の上に、もんどりうつように倒れこんだ。
オスカーは、今、この時を夢のようだと思いながらも、これは夢ではないかと疑うことも、夢じゃないのかと、アンジェリークに問うこともしなかった。
夢を現実にするために、俺は、ここにいるのだ、ここまでたどり着けたのだ、多くの友の力によって。
そして、そのための時間は、あまりに短く限られたものだ。オスカーは、この時、自分たちの逢瀬が、多くの条件と制限の元に成り立っていることを、思い出していた。一刻も無駄にしていい時間などなかった。無為な時間を過ごすなんて、出来るはずがなかった。
様々に角度を変えて幾度も唇をついばむ。
手は、自然と、彼女の小さな頭を抱え込む。柔らかな頬を、掌で包み込むように撫でさすり、その手で、そのまま金の巻き毛を梳く。ヒンヤリとした艶やかな髪の感触を、指先で楽しみ、巻き毛の一房を掬って唇を寄せる。
「君の髪にも…頬にも…触れたくて、仕方なかった…思っていた以上に…こんなにもつややかで…柔らかい…」
唇を鳴らすように、白桃のような頬の両方に、滑らかな額にも口付ける。唇を、すっと、横すべりに滑らせて、耳朶を食む。耳の上辺を唇で挟み込み、耳朶は舌先で弾くようにくすぐり、戯れのように耳孔に舌を差し入れてもみた。
「あ…んんっ…耳に…も?」
「ああ…今までは、唇に口付けるだけで精一杯だったが…俺には、君の髪も、額も、頬も、鼻も…君の何もかもが、愛らしくて、愛しくて…触れてみたくてたまらなかった…だから、こうして…」
オスカーは、ちゅ…ちゅ…と、アンジェリークの顔中に小さな口づけを幾つも降らせてから、
「この唇で触れずにはいられない…もちろん、この美しい首筋にも…口づけさせてくれ…」
と、吐息で耳朶を愛撫するように囁きざま、オスカーは、流れるように、唇をアンジェリークの首筋へと移した。すんなりした首のラインに沿って唇を押し当て、滑らせながら、ところどころ、きつく吸いあげ、また、舌を差し出して、唾液の跡を縦横につける。
「あ…はぁ…」
「かわいい…声だ…君の声を直に聞けるのも…俺は嬉しくてならない…」
髪をかきあげ、すんなりした首の側面を舐めまわすと、アンジェリークがくすぐったそうに首をすくめ、悩ましげに眉をひそめた。
「あ…ん…私…変なの…オスカーの唇を肌で感じると…勝手に声がでちゃう…」
「俺の唇を、君が心地いいと感じてくれている証拠だ…だから、我慢しないで…むしろ、たくさん俺に聞かせてほしい、君のそのかわいらしい声を…」
「よかった…声、自然に出ちゃいそうだったから…だって、オスカーの唇…ほんとに、心地よくて…んんっ…」
アンジェリークは、初めて素肌で感じるオスカーの唇に、満ち足りているのに、悩ましい、そんな表情を見せる。オスカーは、そんなアンジェリークを見るほどに、もっと、たくさんの口づけを贈りたくなる。もっと、この顔を見せてほしい、やるせない声を聞かせてほしいと願って。
「ああ…心地いい時は我慢しないで…感じるままに…心を開け放って…」
「ん…オスカーの唇に触れてもらう所…耳も…首も…みんな、違う感じがするのに…全部…すごく…気持よくて…とても、幸せな気持ちになるの…不思議なくらい…あ…んんっ…」
オスカーは、彼女の言葉に舞い上がりそうな満足感と、それゆえの陶酔を覚える。
「ああ、俺も…君の肌は、いい香がして、やわらかくて…どこに触れても気持いい…かわいらしい耳も、すんなりした首筋も、この滑らかな胸元も…」
オスカーは、胸元から肩のラインを、大きく掌でなでるようにして、申し訳程度にアンジェリークの身を覆っている薄衣を、そっと肩から外してゆき、露になっていく肌を順々に追うように、唇を押し当てていく。
「…あん…オスカーも心地いいって、感じてくれてるの?……嬉しい…」
「ああ、君が、かわいらしすぎて、俺は、君に口づけずにはいられない、君の肌、遍く全てに、この唇で触れたい…君の体中に口づけたい…」
「身体中…?ああ、オスカー…私、すごく、ドキドキする…」
「恐いか…?」
一瞬、オスカーは、僅かに顔をあげて、アンジェリークの陶器のような肌から唇を放した。すると、アンジェリークの小さな手が、オスカーの髪に優しく埋められ、愛しげに髪を撫でた。
「…違う…オスカーに、身体中、口づけてもらえたら、私、どれだけ、幸せに、気持ちよくなっちゃうのかしらって思って…だって、オスカーに、首や耳に口づけてもらうだけでも、こんなに気持ちよくて、たまらなく幸せなんですもの…」
アンジェリークが、目元をほんのりと染めて、潤んだ瞳でオスカーを見つめてき、オスカーは、彼女のあまりの可憐さ、愛らしさに、頭がくらくらしてしまう。
「…だから、体中、オスカーに口づけてもらうことを想像したら、体が内側からぞくぞくして…熱くなって…その唇で、早く、一杯、私に触れて…?って、強く願っている自分に気づいて…そしたら、すごくドキドキして…」
「っ…君は、どうして、こんなにも、かわいい…かわいすぎる…」
自分の方こそが、歓喜と、彼女のへの愛しさで、体が内側から爆発しそうだった。
それまでは、肉の交わりに慣れぬ、いや、何も知らぬアンジェリークを惑わせたり、恐がらせたりせぬよう、逸る気持ちを必死に抑えていた。
自分は、聖娼たちから、女性への接し方を徹底的に教わってきている、男女の交わりについては相応の知識も経験もある、なのに、その自分が、目の前の愛しい恋人に夢中になる余り、我を失い、逸って荒々しく振る舞い、無垢な彼女を怯えさせるなど、もってのほかだという自制が、どうにかオスカーを抑制していた。
薄衣の下、形の良い乳房が魅惑的に揺れる気配を感じ取る度に、オスカーの喉はからからになっていたし、首筋から胸元へと唇を滑らせると、なんともいえぬ甘く悩ましい香ー彼女自身の香だーが馥郁と立ち上ってオスカーの鼻腔をみたし、その香でオスカーの頭は酒に酔ったようにくらくらしていた。胸元の肌に口づけていれば、自ずと、薄衣の下に薄紅色の乳首が透けて見え、それが徐々にその色味を増し、衣を持ち上げるように立ち上がっていく様に、一刻も早く、その蕾を、口に含んでやりたい、思う存分、舌で舐め転がしてやりたいと、熱に浮かされていた。
そんな逸る悍馬のような己の激情で、彼女を怯えさせてはならぬ、過去、彼女が既存の太陽神に、なんとはなしの恐怖心を抱いていたのも、恐らく、あけすけでむき出しの情欲を、無遠慮にぶつけられたからだろうし…その思いだけが、オスカーの愛撫を抑制の効いたものに留めていた。
なのに、アンジェリークは自ら、深く、熱い触れ合いへの期待を見せてくれた。オスカーは、自らを抑えてきた箍が、今、一気にとかれた気がした。
だって、アンジェリーク自身も望んでくれている、俺が、彼女の体中に口付けることを。この唇で触れることを。
彼女は、知識はなくとも、もっと本質的なことが、ちゃんとわかっている。否、知識や経験がないからこそ、飾らず、純粋に、俺と触れ合いたい、もっと密に接したいという気持ちを、ストレートに伝えてくれたのだ。そして、その心情こそが…情交を心ある交わりとする原動力ではないか。情交を豊かにするものは、知識や技術ではない、ただ、ひたすらに愛する者と隙間ないほど触れ合いたい、つながりたいという、根源的で熱い思いだ。
それを、アンジェリークから示されて、否、自分の方こそが教えられて、もう、オスカーには、自身を抑える気はなかった。とても、抑えられるものではなかった。
オスカーは、アンジェリークの上に倒れこむようにして口づけながら、いまや、彼女の胸元に霞のようにまとわりついているだけだった薄衣を、それこそ、雲を払うように、大きな手で優しく取り除いた。
それでも、アンジェリークの乳房に触れる時は、一瞬、手が震える思いだった。
この魅惑の果実を、俺が存分に味わうことを、自身は無論のこと、彼女も望んでいると、知っていても、だ。
毎朝、燃え尽きる寸前の緋の衣から垣間見えていただけでも、その乳房の美しさは、オスカーの瞳に焼き付いていた。大きすぎず、小さすぎず、つんと上を向いた彼女の乳房は若々しく挑発的で、その頂点の薄紅色の蕾は、いつ見ても、妖しいほど艶やかで蠱惑的だった、なのに、彼女のふっくらと真っ白でいかにも柔らかそうな乳房は、全体では、限りなく優しげで、一点の曇りなく、清らかな印象を与える。この上なく、あでやかに芳しき色香に満ちながら、この世で最も汚れ無き清らかな存在…これは、そのまま彼女の印象ではないかと、オスカーは思う。清らかさと艶めかしさの危ういまでの絶妙な均整が、彼女の美しさを比類なきものたらしめている。
オスカーは、恭しい手つきで…それは、彼女が至高の女神だから払う敬意ではない、男が、惚れ抜いた女の肌に初めて触れる時、触れるのを許された時、敬意を払い、この上なく大切に扱うのは、当たり前のことだからだーアンジェリークの両の乳房を、やんわりと揉みしだく。指がどこまでも食い込んでしまいそうな柔らかな感触と、弾けるような瑞々しい張りをあわせもつ乳房は、まさに、女性美の象徴に思える。
その先端で、オスカーを誘うように半ば立ち上がりかけていた乳頭に、一瞬、惚れ惚れと見惚れる。その先端を口腔に含んで思い切り吸いあげ、存分に舐め転がしてやりたい気持ちは、それこそ火のようだったが、オスカーは、そんな自分になけなしの制動をかけ、そっと、それを唇で挟み込み、極浅く口に含んでみた。
「あっ…あぁんっ…」
アンジェリークが、戸惑いを滲ませながら、満足げにも聞こえる吐息をついた。
乳首全体を、閉じた唇で撫でさするようにしてその輪郭をなぞり、音を鳴らして、先端に口づけた。乳輪ごと咥えこんで、根元からねっとりと舌をあてがうように舐めあげると、オスカーの唇には、乳首があっという間に硬度を増していく感触が感じとれた。
その心地よい固めの弾力が、オスカーの雄を刺激する。硬い弾力に、オスカーは、誘われているような、挑発されているような気持ちになり、尖らせた舌先で、勢い良く乳首を左右に弾いた。
「や…なに…胸…変…うずうずして…あぁっ…」
アンジェリークが、今までにない、強い戸惑いと、同じくらい、激しい官能を露にした。
返事をする替わりに、オスカーは、舌の動きを、より、巧みに緻密にする。
乳頭のぐるりに舌を回し、口腔内で丹念に舐め転がす。それを両の乳首に交互に繰り返す。くちゅくちゅと乳首全体を吸いながら、敏感な先端の上で、小刻みに舌を踊らす。
「あぁっ…オスカー…何?…胸の先が…じんじんして……あんっ…んんっ………」
「気持ちいいか…?」
「ん…そう、いいの…すごく、気持ちいい…こんな…気持ちいいの…知らない…初めて…恐いくらい…あぁ…」
「まだだ…君の、この魅力的な乳房を…いや、君の身体中どこもかしこも…もっと…可愛がってやりたい…飽く事なく口づけて…舐めて…もっと、君を気持ちよくしてやりたい…」
「もっと…?これよりもっと…?」
想像の埒外だったのだろう、アンジェリークの不思議そうな言葉に、オスカーは、論より証拠と言わんばかりに、改めてアンジェリークの乳房を指を食い込ませるように揉み、揉まれた分、尚更立ち上がった乳首を、少しきつめに吸い、吸いながら舌をまわした。
「あぁんっ…」
「っ…きもち…いいか…?」
「あぁっ…んんっ…あん…気持ちいい…すごい…気持ちいいの…オスカー…」
「かわいい…君は、本当に、かわいすぎる…もっと、感じてくれ…俺の舌で…唇で…」
オスカーは、縦横に乳首を舌で弾いては、根元から先端へと、丁寧に舐め上げる。
「あっ…ん…でも…こんな…いいの?…私ばっかり…気持ちよくて…あぁんっ……」
オスカーは言葉の替わりに、ちゅっ…と吸い上げざま、舌先で乳首を押しつぶすように、舐め転がした。既にこれ以上ないほど、硬く尖った乳首は、触れる舌を押し返してくるような、小気味良い弾力を返してきて、それが、尚のこと、オスカーを奮い立たせる。オスカーは、ねっとりと丹念に乳首を舐め上げては、尖らせた舌で、意地になったように、乳首を弾いては、吸った。
「いいんだ…俺は嬉しい…君の肌に、この手で…この唇で触れられることが嬉しくてたまらないのに、それを君が、こんなに喜んでくれて…君が感じてくれるほど、俺は嬉しくなる…」
「うれし…じゃ…もっと…もっと、触れて…一杯口づけて…私の身体中、オスカーの唇で触れてほしい…」
「っ…アンジェリーク…ああ、君の肌の隅々まで…君をよくしてやりたい、君を存分に愛したいんだ…」
オスカーは、アンジェリークに軽く口づけながら、両手で掴みきれてしまいそうな腰のくびれに手を沿えると、くるりと彼女の体を反転させるや、その背に覆いかぶさった。