戦場から、どう引き上げてきたのか、記憶が定かでない。
気がついた時、ラスは、一番手近な天幕の中の、毛織物を敷き詰めたものの上に、リンを胸に抱いたまま、もんどりうつように転がりこんでいた。
リンの肌が粟立たつことのなきよう、冷たい風を遮れそうな処、そして、横たえた時、リンの肌が痛まない柔らかな褥が欲しいと思った、それしか念頭になかった、その末だった。
先ほどから、どれ程、交わしているかわからない口づけを、途切れることなく、飽くことなく交わす。
初めて唇を触れ合わせた時、その柔らかさ、なんともいえぬ心地よさに、衝撃を覚え、すぐさま酔いしれ、それから、ずっと、ラスは、無我夢中でリンの唇を貪っている。様々に角度を変えて唇をついばみ、その柔らかな弾力を味わいつつ、吸う。リンの唇の感触のなんともいえぬ心地よさに浸る一方で、この心地よさを、際限なく貪り尽くしたいと思うような強烈な飢餓感が、どんどん強まって行く。口づけを合わすほどに、満たされると同時に、ラスは、きりなく渇いていく。
もどかしくなって、リンの唇を一際強く吸う。骨が軋むほどに、きつくその身を抱きしめる。いくら抱きしめても、物足りない、そんな気がして、ラスは、力の制御が上手くできない。と、呼気が上手くできないのか、リンが瞬間、ラスとの口づけを解き、少し苦しそうに顔を傾げる。が、ラスは、リンが息つく暇を与えない。すぐさま、リンの唇を追って塞ぎ、うっすらと開いていたそれに、これ幸いとばかりに、半ば強引に、リンの口腔内に己の舌をねじ込むように差し入れる。
「ん…んんっ…」
リンの歯列の、その裏から口蓋を舌先でなぞり、驚いたように奥に引っ込んでいたリンの舌を、やはり、かなり強引に絡め取って、きつく吸う。
『なんだ、これは…俺は、一体…』
ラスは、自分でも滑稽なほど、同時に、空恐ろしい程に、まったく抑制が効かなくなっている自分に驚いている、そう、わかっているのに、リンの唇を貪り尽くすような口づけを止められない。リンを抱きしめる腕の力は緩められない。
リンと唇を触れ合わせた瞬間からだった。リンの風が…新緑の草原を思わせる、爽やかに青く、微かに甘いリンの風が、ラスの身体の中に颯と吹き渡ったような気がした。その清新な風を感じるほどに、ラスは全身が目覚めるような気がした、自ずと身震いするほど、活力が身に漲るようだった。
ただ、唇を触れ合わせただけで、こんなにも、たまらなく心地よい、ならば、もっと深く、もっと密に触れたい、触れ合いたい、と切望するのは、必定とも思えた。
が、これでは…俺が、おまえの風の甘美な味わいに溺れ、貪っているだけだ。俺の風を感じて、安心すると言ってくれたおまえなのに…俺の方が、おまえの甘く芳しい風を、きりなく欲し、奪っている。それが、わかっているのに、止められん。それ程に、おまえの唇は甘く、おまえのまとう風は芳しい…
救いは、リンが、決して嫌がったり、尻込みする様子を見せずにいてくれることだった。
ラスがきつく抱きしめるリンの体の線は、どこか硬さがとれず、ぎこちない。緊張からか、戸惑いからか、変に身体に力が入ってしまっている。男の身体に、自然にその身をなよやかに添わせる感覚を、まだ、知らないのだろう、とラスは思う。吐息ごと飲み込むようなラスの口づけに、苦しそうな素振りで頭を振るのは、息を上手く継げないからだし、何より、ラスがリンと舌を絡めあわせても、リンは自らは応えようとしない、舌を絡ませあうどころか、唇を吸い返すことすら、思いつかないようで、ただ、ラスになされるがままに、舌を舐られ、唇を吸われている。どう応えればいいのか、その術を知らないのだということが、ありありとわかる。
それがわかるのに…おまえが男を知らないのなら、もっと、優しく、穏やかに事を進めてやるべきだと思う自分がいるのに、ラスは、それができない。
だって、リンは、逆に、ぎこちないながらも、俺が抱けば抱きしめるだけ、懸命に俺を抱き返してくれる。息苦しさに身じろぎすることはあっても、俺から、僅かでも逃げようとか離れようという素振りは決してみせない、むしろ、まだ足りないとでもいうように、しがみつくように、細い腕を、必死に俺の背に回してくる。
呼気を上手く継げず、舌を絡めとられて、どう応えていいかわからない様子なのに、口づけを嫌がっていない、むしろ求めてくれている。時折、息苦しさに唇を解いてしまうことはあっても、顔は、逃げない。すぐさま俺がおまえの唇を追うように、おまえからも、もう一度、唇を合わせようと無意識に顔を近づけてくれるのがわかる。
慣れていないとわかるのに…リンは、戸惑いながら、俺が触れること、俺に触れられることを、熱く求めてくれているのがわかる、ぎこちないから、余計に、おまえのひたむきさが、真っ直ぐに俺に届く。
こんな思いを届けられて…どうして、冷静でいられよう。
リンが、ラスと触れ合うことは喜びだと、身体中で懸命に伝えてくる、その伝え方が、不慣れでぎこちないからこそ、尚更に強く、純粋な思いが伝わってくる。その度に、ラスの全身に、今まで味わったことのない歓喜が走りぬける。リンの思いを知る程、もっと強く激しくリンを求める気持は加速する。
「リン…もっとお前に触れたい…」
一度口づけを解き、耳朶を舐めるように囁くと
「ラス…ラス…私も…」
リンが、ラスの首にきゅっとしがみついてくる。
「こんなにきつく抱きしめてもらってるのに…ずっと口づけているのに、それでも、足りなくて…もっと、もっと固く、きつく抱いてって…もっとラスの風を近くで感じたい…って…私…ずっと…きりなく思って…」
「俺も…おまえの風を直に感じたい…そして、俺の風で、お前を包みたい…包み込んでしまいたい…」
そう耳元で囁きながら、ラスは、リンの服の袷に手を掛ける、飾り帯を解く、素朴なサカの衣の、布の擦れる音が、否応なくラスを高めていく。あわせて己の着衣を無造作に脱ぎすてる。リンと口づけ、思いきり抱きしめることに夢中で、衣を解くことすら思い至らなかった自分に苦笑しながら。
リンは、若干、ぎこちない様子だったが、ラスに素直にその身を預けてくれた。その助けを借りて、ラスはリンの着衣を順次、全て解いて行った、と、意外なほど、白い肌とほっそりとした身体が着衣の下から現れ、ラスは思わず息を飲んで、暫し、リンの裸身に見惚れた。
すんなりとした首から鎖骨のラインも、きゅっとくびれた腰のラインも、ラスが思っていた以上に華奢で、こんな細身を思い切りきつく抱きしめていたのか、と、ラスは瞬間後悔した程だった。が、それは、リンの身が、戦いに身を置く者として、若竹のように、無駄なく引き締まっているからであることに、つまり、ただ、か細いのではなく、その身は、しなやかな力強さと瑞々しさに満ちていることに、ラスは、すぐ気づく。乳房は、大きからず小さからずという頃合で、柔らかさよりは、張りの勝った印象だった。手に収めたら、きっと、小気味良い弾力を返してくれるだろう、脂粉にまみれた街中の女には持ち得ない、一片の無駄もない、健やかで、見るからに清しい清冽な身体だった。
女を…商売女だけだが、女を知らないわけではない、だが、こんなに美しい身体は見たことがない…
そんな思いに囚われ、ラスが、暫時リンを見つめていると、リンが思いも寄らぬ行動に出た。急にラスの裸の胸に飛び込むようにしがみついてきたのだ。
「リン…?」
「やだ…ラスったら、じっと見てるんだもん、恥ずかしいじゃない…だから…」
「だから?」
「こ、こ、こうして、抱きついちゃえば、マジマジと見られないかと思って…思ったんだけど…やっぱり恥ずかしい…」
「俺に見られるのは嫌か?…残念だ…俺は…こんなに綺麗なものは見たことがない…そう思っておまえに見惚れていたから…」
リンは、顔をラスの胸に押し付けているので、ラスにリンの表情は、はっきりはわからない。が、髪から覗くリンの耳朶が、みるみる真っ赤になったのが、ラスの目に入った。
「あ…違う…嫌なんじゃないの…恥ずかしかっただけなの…だって、私、そんな、女らしくない…自分でわかってるから…」
「?…俺は、きれいだと思ったから、綺麗だと言っただけだ…おまえのしなやかな身体も、白い乳房も綺麗だと思ったし…この朱に染まった耳も愛らしい」
ラスは、誘われるように、リンの耳朶の上辺を唇で軽く挟んだ。ほんのりと暖かい。
「っ…は…ぁ…」
「おまえのそんな声…初めて聞く…」
「いやいや…言わないで…もっと恥ずかしくなる…」
リンが、ラスの胸板に顔を埋めたまま、小さく頭を振る。リンの頬が柔らかく己の胸板に押し当てられ、こそばゆいような心地よさに、愛しさが募る。
「…俺は、もっと聞きたい。おまえの、その声を…」
ラスは、差し出した舌先で、リンの耳朶の輪郭を丁寧になぞり、柔らかな耳たぶを食む。
「っ…」
リンが、ラスの腕の中で、ぴくんと震えるように身じろぎした。ラスはリンの背に腕を回して、包み込むようにリンを縛める。
「だめだ…離さない。俺の懐に飛び込んできたのは、おまえの方なのだから…」
「や…だって…ラス、ずるい…ラスの胸がこんなに厚いなんて…腕がこんなに逞しいのも…ラスの身体も、ラスの唇も、こんなに温かくて気持いいのも…知らなかったから…私、ドキドキしすぎて…今にも…心臓が破裂しちゃいそうなんだもの…」
拗ねたような言葉とは裏腹に、リンは、ラスの胸に懐こい仕草で頬を寄せる。ラスの鼓動を聞きたがっているように。
リンの振る舞いは、甘えた勝気な少女のそれで、ラスの目には色香より、愛らしさの方が勝って見える。その所為か、急きたてられるような激情が、この時、少しだけ鎮まり、替わりに、リンを大切に慈しみたい気持が、ラスの胸にこみ上げた。
「おまえも…暖かく、柔らかい。俺には…お前の風も、肌も、たまらなく心地いい…だから…もっと触れたいと思う…おまえの、どこもかしこも…」
リンに口付ける。噛み付くようなものではなく、優しく包み込むように唇をあわせ、愛しげに吸う。唇を一度離すと、リンは、とろりと濡れたように潤んだ瞳で、ラスを見上げた。
「あぁ…ラス…私も……あなたの風…すごく、胸がドキドキするのに…暖かくて優しい…もっと一杯感じたい…だから…触れて…一杯…私に触れて…」
「ああ…存分に感じろ…」
ラスは、きつくリンを抱きすくめ、もう一度口づけた。
リンの全身にくまなく触れたい、口づけたいという思いのまま、頬から首筋へと、唇を押し当て、滑らせる。すんなりとした首筋の所々に、口づけては、唾液の跡をつけていく。リンの胸元の肌はすべるように滑らかで、唇に快く、いくらでも撫でたくなる。
そのまま、自然に唇を乳房の稜線へと滑らせていく。片手の掌で、リンの乳房をすっぽりと包み込む。
思った通り、リンの乳房は、張りと弾力に富み、ラスの手も唇も、小気味良く弾き返そうとする。見れば、薄紅色の乳房の先端は、まだ穏やかな感触で、それほど立ち上がってはいない。
その無垢でかわいらしい風情に誘われるように、ラスはリンの乳首を口に含むと、丁寧に舌で舐め転がす。手はやんわりと乳房を捏ねるように揉む。
「ぁ…や…なに…?」
と、リンが驚き惑うような声をあげた。
が、乳首は、すぐさま硬い弾力を増したのが、ラスの唇にわかった。ラスは、はっきりと屹立し始めた乳首の根元から先端へと、舌全部をあてがうように、じっくりと幾度も舐めあげる。舐める度に、乳首が硬くそそりたっていくのを、舌に感じる。
「あっ…やっ…なに?…ぁん…ど…して…こんな…」
リンの乳首は、ラスの愛撫に敏感な反応を返していたが、リンの声は、悩ましさの中に戸惑いを見せてもいた。
ラスは、一度唇を離すと、己の唾液に濡れ光るリンの乳首を、指の腹で優しく撫で転がす。
「んんっ…」
リンの眉が、切なげに顰められる。そんなリンを愛しげに見下ろしながら
「ここを…乳房に触れたり、口付けられるのは不快か?」
と、ラスは静かに尋ねた。
乳首への愛撫を心地よいと感じる女は多いと聞くが、リンがそうだとは限らない。ラスは、リンに思う様触れたいと切望している。リンの身体中に触れて、口づけて、リンの肌全てをこの唇でなぞりたいと痛切に願っている。だから、乳房に口づけ、乳首を口に含んだ。心地よい張りのリンの乳房も、自分の口の中で見る見る硬く立ち上がった乳首の感触も、大層、いじらしく、愛らしく思えた。が、リンが嫌がるなら、無理強いする気はない。自分はリンに触れたいが、リンに、少しでも心地よく感じてほしいし、そんな触れ方でなければ、リンに触れる資格はない。
すると、リンは、戸惑いの表情を見せつつも、小さく首を横に振った。
「嫌じゃない…でも…むずむずして、身体の奥が切なくなるような…やるせなくなるような…不思議な感じ…自然とおかしな声がでちゃうし…どうして?…」
「嫌ではないのなら……もっと触れさせてくれ…おまえの、この愛らしい乳房に…」
ラスは、告げざま、リンの乳首をもう1度口に含み、右に左に舌を回して乳首の輪郭を舌でなぞるように舐める。
「あっ…あん…や…そんな舐めちゃ…また、声でちゃ…あぁっ…」
「いいんだ…俺は、おまえの声をもっと聞きたい…もっと…おまえに声をあげさせたい…」
囁きながら、乳首を指で摘まんで軽く捻る。
「っ…いいの?こんな…声…出ちゃって…」
「ああ…逆に…不快な時も遠慮なく言ってくれていい…俺はおまえを、よくしてやりたいから…」
ラスは、リンの乳首に、ちゅ…と音を立てて口づけた。そのまま、舌先で乳首の先端を小刻みに弾く。
「あ……そこ…あん……」
「先がいいのか…?」
ラスは、リンの乳首を交互に口に含むと、敏感な先端に意識して舌を躍らせ、縦横に舐め回しては、音を立てて吸いあげた。
「あぁ…ん…いい…何…?すごい…気持いい……あっ…あぁ…」
リンが、驚きと喜びの入り混じったような声をあげる。無意識にであろう、リンの指が、ラスの髪に埋められ、ラスを己が胸乳に押し付けるように抱き寄せた。リンの細い指がラスの髪を乱す。
ここに触れると心地いいことを、本当にリンは知らなかったのだろう、そして、知らなかった分だけ、今、初めて知る官能の喜びに、リンは夢中になってくれている、ラスには、そう感じられた。ならば、尚のこと、リンの知る初めての喜びが、新鮮で感動に満ちたものであるように努めたい、そして、それを教え、与えられるのが自分だということが、ラスは嬉しくてならない。
「もっとだ…もっと、気持ちよくしてやる…」
ラスは、思い切り深く乳首を咥えこんで、ちゅ…ときつめに吸い上げては、乳首の輪郭をなぞるように舌を回し、一方で、手を、リンのなだらかな腹部へ、そして、綺麗なラインを描く腰へと伸ばしていった。張り出した女性らしい腰のラインを、そして、艶やかで張りのある大腿部を撫でながら、ラスは、流れるようにリンの脚の間に手を滑らせ差し入れた。情交に不慣れなためか、乳房への愛撫に意識が行っているためかー多分その両方だーリンは、ラスの手が脚に触れても、それを閉じようとはしなかったので、ラスの手は、すぐさま、やわやわとしたリンの繊毛に、そして、その奥の花弁に容易に届いた。触れた瞬間にわかった。花弁は既に、しとどに濡れそぼっていた。リンの愛液は、花弁に留まりきれぬ程に満ち溢れ、滴るほどだった。ラスは、瞬間、深い感動にうたれ、大きく吐息をついた。リンは俺を欲している、俺を男として欲し、俺との繋がりをこんなにも熱く求めてくれている…ラスの心は喜びに震えた。ラスは、膝頭でリンの脚を割って、自分の脚をリンのそれに絡めた。リンが脚を閉じられないようにしてから、愛液の助けを借りて、リンのふっくらこんもりと豊かにもりあがった花弁を、そろえた指先で、すっとなでた。
「きゃ…」
リンが、びくっと、ラスの腕の中で、その身を震わせた。
「な…なに…私…そこ…濡れてる?どうして…?」
ラスは、リンの腰をしっかと抱き寄せながら、長い中指と薬指をそろえて、リンの花弁の合わせ目を割り、ゆっくりと前後にその指を滑らせた。リンに、どれほど溢れているか、悟らせるようにゆっくりと、自身の指先にリンの愛液を味あわせるように、じっくりと。
「ああ…すごく、濡れている…溢れて滴るほどに…」
ラスは、リンの耳元で囁きながら、ねっとりとした動きで、大きくーただし、花弁の浅い部分を指でかき回した。ぬちゅり・くちゅりと、粘り気のある淫靡な水音が響いた。
「え…あぁっ…や…なに…ぁあん…」
リンの腰がやるせなげに蠢いた。初めて花弁を押し開かれ、弄られて知る未知の感覚に、戸惑っている、戸惑いながらも、ラスの指にもたらされる悩ましい感触をもてあますように、熱い吐息をつく。
でも、リンの腰は決してラスから逃げようとはしていない、脚を閉じようとも、身体を引くこともない。戸惑うことはあっても、リンは、ラス自身も、ラスの振る舞いにも、全く不安を感じたり、恐れたりしていないのが、はっきりわかった。身体で俺を欲するだけじゃない、おまえは、こんなにも…これから、おまえに苦痛を与えてしまうだろう俺を、無防備なほど信じて、自身を俺に預けきってくれている…このリンの全幅の信頼を思うと、ラスの胸は、どうしようもないほど、熱くなる。
ならば…せめて、少しでも苦痛を紛らわせてやれるよう、できる限りのことをしてやりたい…。
ラスは、リンの花弁を割る指の動きを、少しづつ大きくしていく。そして、花弁の奥に息づく肉芽にラスの指が触れた時
「きゃぅ…」
リンの身体が、誇張でなく、ラスの胸の中で跳ねようとした。が、それを予期していたラスの腕に、がっしりと腰を抱きかかえられていたリンは、小さく全身を震わせるに留まった。
「何…?今…小さな雷撃が走ったみたいに……ひぁ…」
ラスが、リンの肉芽を指先で捉えて、くにくにと柔らかく揉んでいた。中にこりっとしこった感触を得る、その先端にあたりをつけて、ラスは、指の腹で、錘の先端に円を描くように、その肉芽をなでさすった。
「やぁ…なに…これ…知らな…あ…あぁあっ…」
「…痛くはないか…?」
「あ…痺れて…やぁ…何…?そこ…熱い…んっ…あぁっ……」
リンに苦痛はないと知って、ラスは、改めて、指先で、こりりとした肉芽を、やんわりと転がした。と、彼女の奥深くから、新たに熱くとろりとした愛液が迸るように溢れ出たのを感じた。その愛液を、また、たっぷりと掬って指にからませ、彼女自身の肉芽に塗りたくるように、指を回す、と、リンは、苦しげに眉を顰め、唇を噛んで、初めて知る鋭い官能に、懸命に耐えているような表情を見せた。時おり、小さく頭を振って、全身を小刻みに震わせる。そんなリンの様子にラスの吐息も荒くなる。悩ましい声も、自分の腕の中で小さく震える身体も、リンの見せる無意識の媚態が、かわいらしくて、いじらしくて、ラスは、もっとリンを溶かしてやりたくなる。ラスは、リンの溢れる愛液を絶え間なく掬っては、その指で肉芽を丁寧に転がしながら、リンのすんなりした首筋をなめ回したり、震える乳房の頂点を唇で捉えて吸ったりする。
「ぁっ…や…そこ…熱くて…痺れて…溶ける…溶けちゃう…」
ラスが、肉芽の上で、羽で触れるように指を回すたび、リンの腰が、じれったげに蠢く、時折、我慢できないという風に、腰が跳ねるように浮き、ラスの昂ぶりに押し付けられてくる。秘裂からは、とめどなく愛液が溢れてきて、ラスの手をぐっしょりと濡らしている。
忙しない吐息に混じるやるせない喘ぎ、誘うように、なよやかにのたくるしなやかな裸身、切なげな表情、リンの何もかもが、ラスの心を沸騰させる。何より、豊かに溢れる愛液を手に感じる度に、リンが、熱く激しく自分を欲してくれているのがわかり、自分も、苦しいほどに、リンがどんどん欲しくなってゆく。
どうにも堪えきれなくなって、愛液を掬う指を、少しだけ、奥の方へと差し入れてみた。
「ひぅ…」
途端に、リンの身体が、ラスの腕の中で、瞬間、硬く強張った。
「!…痛かったか?」
ラスは、リンを安心させるように口づけながら、花弁全体に掌をあてがうような穏やかな愛撫を与える。
「あ…ううん、少し、驚いたの…自分の中に…何か入ってくるって…初めて…だったから…」
「そうか…少し逸りすぎたか、俺は…おまえが、俺を欲してくれているのが嬉しくて…俺も、おまえが欲しくて…仕方なかったから……」
「欲しい…って?…」
「わからないか…?」
ラスは、優しく微笑むと、リンの花弁に浅く指を差し入れ、故意に高い水音が響くように、そして、その水音をリンに聞かせるために、ゆっくりと合わせ目をかき回した。
「ん…んふ…ん…」
「リン…おまえは、俺を求めて…こんなに濡れている…溢れんばかりに…」
ラスの指が妖しく蠢くたび、くちゅ…ぬちゅ…と粘り気のある水音があがる。
「これは…おまえが、俺がほしい…俺と繋がりたいと…そう願っている証だ…」
花弁をかき回しながら、時折、その指で肉芽を転がす。
「あっ…んん……」
「そして俺も…」
ラスは、リンの花弁をかき回しながら、もう片方の手でリンの手を取り、そのまま、自身の怒張へと導いた。一瞬、リンの手が、ぴくんと震えた。が、その手を、リンは引っ込めようとはしなかったことが、ラスにはわかった。
「!…これ…ラス…の?…こんな…硬くて…熱い…」
「ああ…俺は、おまえが欲しいから…今、もう、おまえのここに…おまえの中に入りたくてたまらないから…」
「こんな…こんな大きいものが…私の中に…」
「…俺は、おまえと一つになりたい…今、すぐにでも…おまえと一つに繋がりたい」
リンの耳朶を舐めるように囁きながら、ラスの手は、休まず花弁をかき回し、肉芽を転がす。
「ぅう…ん……私、ラスと…一つに…?」
「ああ…だが……初めて、男を受け入れる時、女は痛みがある…と聞く…だから…」
と、不意にリンが、ラスの怒張を、恐る恐る、でも、いかにも愛しげな手つきで撫でさすった。
「っ…」
「こんな…大きくて、硬いものが…入ってくるんですものね…今も…本当にこんな大きなものが私の中に入るの?って思うもの…」
「ああ…だから…もし…恐いようなら…無理にとは…」
「ううん…恐くない…私、うれしい…ラスと…一つになれるなんて……そしたら私…この身体も心も、本当にラスで一杯になる…」
「リン…」
「ラス…私の中に来て…私を…ラスで一杯にしてほしい…あなたで私を満たしてほし…っ…」
リンの言葉が終らぬうちに、ラスはリンを力一杯抱きしめていた。骨が軋むほどの抱擁に、リンの身が、しなやかに反りかえった。その機にラスは、僅かに浮いたリンの腰を、しっかり手で支えると、潤びた花弁に怒張の先端をあてがう。熱いほどの愛液のぬめりを先端に感じて、ラスの頭に血が昇った。
「あ…ラス…」
リンが、驚いたようにラスを見上げ、その身を僅かに強張らせた。
挿入に尻込みしたか…と思ったが、もう、腰を進めていたラスは、今更、とどめることができない。
「ああ…力を抜け…」
かすれ気味の声で、なんとか、それだけ、耳元で囁くと、リンは、その瞬間、反射的に、素直に身体の力を抜いてくれた。リンの身体の強張りがやわらかくなったその一瞬を逃さず、ラスは、リンを勢いよく貫いた。
「く…あぁああっ…」
怒張の先端が、やわっとした弾力のあるものに一瞬阻まれるような感触を感じた、が、それを力でねじ伏せるように、ラスは、一気にリンの最奥まで、自身を沈めた。その瞬間、ラスの腕の中で、リンの身体に痛々しいほど力が入った。同時に、肩に、リンの爪が、食い込むのを感じたが、すぐに、そんなことは意識の外に出た。
リンと一番深い処で繋がった、その感覚に、ラスは、一瞬、思考が空白になるほど、圧倒されていた。
自身が、熱く蕩けそうに柔らかなものに隙間なく密に包み込まれていた。
ぬめぬめと、みっしりと熱くラスを包むリンの媚肉は、怒張に自ら絡み付いて、妖しく絞り込んでくるようだった。ただ、いれているだけなのに、もどかしいような、居たたまれないような心地よさが、背筋から脳天に突き抜けていって、思わず声がでそうになる。少しでも気を抜いたら、すぐに放ってしまいそうだった。
狂おしい官能が全身を吹き荒れて、ラスの血を沸騰させる一方で、リンの清冽な風が、挿入した瞬間、野分ようにわきたち、ラスの身体の深いところに爽やかな息吹を注ぎこんだ、そんな気もした。ラスは、リンを抱きしめながら、自分が、草深い草原の只中にいるような、そんな青い匂いを感じていた。
「リン…」
満たされて、こみ上げる愛しさに、リンをひしと抱きしめる。自身の全てが受け入れられている、包み込まれている。その欠けるところのない十全感は、涙が出そうな程に深く豊かだった。
「っ…ぅ…く…ラス…」
が、眦に涙をにじませ、唇を噛んで、破瓜の痛みに耐え、それでも気丈に声を殺しているリンに、ラスは、たちまち、どうすればいいのかわからなくなる。
「…辛いか…?」
見れば明白にわかることを、尋ねる自分はバカだと思いながら、ラスは、リンの髪をなで、労わるように小さな口付けを落とす。そんなことしかできない自分が、木偶に思える。
「ん…痛かった…けど…大丈夫…」
が、リンは、健気にもラスに微笑む、でも、やはり、その笑みは、いつもより力ない。笑んだ拍子に、リンの眦に凝っていた涙の雫が、一筋頬を伝う。ラスは、その雫を丁寧に唇で拭い去る。心配そうに、リンを見つめながら。
「…すまない…」
「どうして?ラス…私、今、すごく…幸せ…だって…はっきりわかるの、ラスが、私の中にいる…いてくれるんだって…」
「っ…リン…」
「本当に…私たち、今、一つに繋がっているのね…私の一番深いところにラスがいる、ラスを感じる…それが…たまらなく嬉しい…から…」
「…リン…俺も…おまえの風を、こんなにも間近に…そして、身体の奥深くで…感じる…」
「ん…私も…ラスの優しい風が、私を内側から一杯にしてくれてるのが、わかる…凄く…うれし……」
「っ…リン…もう…俺は…」
どうにも、我慢ができなかった。次の瞬間、ラスは、思い切りよく引き抜いた男根を、すかさず、リンの脳天まで貫くような勢いで、再び突き刺していた。
「ひっ…あぁっ…」
悲鳴のようなリンの嬌声があがった。が、ラスは、そのまま、いや、尚のこと、激しく力強く、リンに腰を打ちつけ始めた。
リンの媚肉をこじ開けるように容赦なく肉の楔を突きさし、秘裂の最奥に叩きつける、先端を跳ね返されるような弾力に陶然とし、そのまま勢いを減じずに引き抜けば、絡みつく媚肉を振り切り、カリをめくられる狂おしい快楽に、ラスの喉から、くぐもった獣のような声が漏れる。
リン、おまえが何よりも大切だ、おまえを心から大事にしたい、なのに、その俺が、お前に苦痛を与え、お前に涙を流させた、けど、お前は、嬉しいという、俺と一つに繋がれて、俺を感じられて嬉しいという。そして、俺は、おまえのその言葉に、涙が出そうになり…あまつさえ、おまえに涙を流させたのが、俺であることを…おまえに苦痛を与えているのに、どうしようもなく嬉しいと感じてしまった…
なんなんだ、俺は…一体…
こんな気持の爆発を、ラスは、なんというのか知らない、目の前のリンが涙が出そうな程、愛しくて、大切で、なのに、心の奥から湧き上がる凶暴な想いが同時にあって、御しきれない。愛しさにきりがないのに、彼女を隅々まで支配しつくしたいような、彼女を壊してしまいたいような、そんな荒々しい衝動が突き上げ、振り回される。二つの相反する激情が、心の中でせめぎあう。
「やっ…そんな…激し…あぁっ…ラス…だめ……壊れちゃ…」
「俺に…しがみついていろ…思い切り…」
「あぁっ…ラス…ラス…んんんーっ…」
溺れる者のようにむしゃぶりついてきたリンに、噛み付くような口付けを返す。骨をも折れよとばかりに抱きしめながら。それでも、腰の律動は、緩まない。緩められない。思い切り突き上げ、引き抜くたびに、頭が沸騰しそうな快楽がラスの腰から背筋へと、駆け抜けていく。
俺は…どうして、もっと優しくしてやれない…
それでも、リンのまとう風は、喜びに満ちている、ラスの目には、リンが苦痛に耐えているのが、ありありとわかるのに、それでも、リンは、本当に、俺を受け入れて、繋がって、幸せだと思ってくれている、俺を包む風は、どこまでも、優しく甘いことから、それが、はっきりと感じ取れる。
おまえは優しい、俺と風を合わせ一にすることを、こんなにも喜んでいる…それが、わかるから、尚更、俺は…自分が抑えられない…こんな…こんな充実を俺は知らなかったから…とまらない…おまえを貪り尽くしてしまう…せめて、俺の風でおまえを包んでやれているか…せめて、少しでも…おまえの苦痛を紛らわせてやりたいのに…自分が心地よい以上に、おまえが、快いと感じる場所を、触れ方を見出してやりたい…
と、ラスは、何かを吹っ切るようにリンへの抱擁を解き、上体を起すと、掲げ持っていたリンの脚を大きく広げた上で、リンの身に折り曲げて押し付けた。押さえこまれた反動でリンの腰が僅かに持ち上がり、結合部分が、はっきりとラスの目に映った。リンの花弁が己の男根に痛々しいほど押し広げられていた。その押し広げられた花弁の頂点に、小さな肉の芽が、かわいらしく、顔を覗かせているのが見えた。弄るたびにリンが官能の喜びに震えた、愛らしい肉珠が。
ラスは、一度、リンに口付けてから、片手の指先を肉珠の先端にあてがった。その上でリンの脚を片手で押さえ込み、再び、これでもかといわんばかりに、激しく男根を突きたてた。
「や…はあぁっ…」
リンの声を耳にしながら、ラスは、リンの腹側の肉壁を勢い良く擦りあげる。その律動にあわせて、肉芽の先端をラスの指が擦る、転がす。
「あっ…はっ…や…あぁあっ…」
「ここを弄りながら…少しは、いいか…?」
ラスは、肉芽にあてがっていた指先を回して、こりっとした先端を指の腹で素早く擦ってやる。、
「ひぁっ…あぁ…そこ…だめ…や…わかんない…ぁあっ…」
リンが、苦しげに頭を振る。節くれだった肉の楔が、ふっくらとかわいいリンの花びらをこじ開ける様も、根元まで収めていたそれを引き抜く度に、鮮やかな濃い紅色の襞が、翻るように、肉茎にからみつく様も、ラスには、はっきりと見て取れる。
同時に己の男根にまとわりつく、そして抱えあげたリンの大腿部にも、幾条かの細い血の跡があることも目に入る。ラスの心は、いたたまれないような、もどかしいような、そんな思いに荒れ狂う。
何より愛しいと思う、そのおまえに、俺が、血を流させてしまった、すまない、なのに、それを、俺は、嬉しいとも感じてしまっている。
俺の男根が、確かにおまえを貫き、おまえの最も深い所を穿っていると感じると、血が騒ぐ、頭が沸騰する。奥まで突き上げるたびに、小さな肉の突起を弄るたびに、おまえに、悲鳴のような声をあげさせてしまうのに、こんな声をおまえに上げさせているのは、俺だ、俺だけだと思うと、どうしようもなく昂ぶる。
「リン…おまえは…俺の……」
「ラス…あぁっ…はっ…も…私…だめ…変…おかしく…なる…はぁっ…」
押さえ込んでいたリンの太腿が、びくんと突っ張った。その拍子に、リンの柔襞が、きゅぅ…とラスのものを、絞り込むように蠕動した。
「く…リン…俺も…もう…」
腰の辺りに射精の衝動が高まる、もう、さほどもたない、そう感じ、ラスは、再度上体を倒して、リンの身体を思い切りきつく抱きすくめた。待ちかねたように、リンが、ラスにしがみつき、逞しい背に腕を回す。そんなリンの腰をラスは、しっかと抱き抱えるや、一層激しく、力強い律動を放った。
「はぁあっ…ぁあ…ラス…ラス…もう…私…あ…あぁああっ…」
リンの指が、ラスの背に食い込んだ。
「っ…」
その刺激が、ラスに自身を解放させた。叫びだしたくなるような鮮烈な快楽が、背筋を走って突きぬけた、初めて知る信じられないような開放感に、頭は真っ白になり、しばし、言葉を失った。
それでも、腕は、無意識のうちに、最も大事な存在をしっかり抱きしめなおしていた。
ラスの腕の中で、リンは小さく震えて、かすかにしゃくりあげていた。
「リン…俺は…おまえが…」
ラスは、なんといっていいかわからない。リンに苦痛を与えてしまったのは確かなのに、それを、たまらなく幸せだと感じる自分がいて、謝ればいいのか、喜びを露にしていいものかと、悩み惑う。
言葉の替わりに、ラスは、リンの頬に自分の頬をこすり付けるように抱きしめてから、幾度も口づけた。艶やかな髪を、柔らかな頬を、大きな手で包み込むように、優しくなでた。
今、胸を満たしているこの気持をなんというのか、ラスは知らない、言葉が見出せない。
自分の腕の中にいるリンが大切で愛しくて、そう感じる気持が、深くつながれる前より、もっと募った気がして。
すると、リンが、リンの頬を包んでいたラスの手に、自分の手を重ねてきた。
「ラス…気持いい…ラスの唇も、手も、肌も…すごく優しくて暖かかくて、気持いい…」
「リン…」
おまえに、あんな苦しそうな顔をさせた俺に…おまえは、どうして、そんな心から嬉しそうに笑んでくれる?
ラスは、リンの優しい率直な言葉に、喜びと安堵を覚え、胸が熱くなった。だからこそ、自分も、拙くとも、今の気持をリンに伝えたい、伝えなくてはと気づき、ラスは、考え考え、訥々と、言葉を口にした。
「俺もだ…お前の肌も、その身も、俺を包む風も…なにもかも、暖かくて、優しくて…俺は…こんな幸せな、満たされた気持を感じたのは生まれて初めてだった…なのに、俺は、おまえに優しくしてやれず…すまない…すまなかった…」
「え?そんなことない」
リンが心底驚いたという顔を一瞬し、すぐさま、ラスに、はにかんだような笑みをなげた。
「ラスの風は、ずっと…すごく優しかった…私を包んでくれてるのがわかった…私…知らなかった…触れ合いたいって同じ気持で、肌を合わせることが…風を一つにすることが、こんなに幸せなことだなんて…」
「リン…」
「ラス、だから、今、私、全然寂しくないの、不思議なくらい満ち足りて…両親を失ってから、初めてよ…ラスの風が…私を包んで、私を満たしてくれたからよ…」
「そうか…俺もだ…初めて…自分が、揺ぎ無く満たされた気がする…こんな暖かな気持を感じるのは初めてだ…」
「…なら、私の風も…ラスを包んであげられたのかな…私が、ラスの風に包みこんでもらって…寂しさを全部拭いさってもらえたように…そうだと、嬉しい…」
リンが照れくさそうに、でも、心から嬉しそうに笑んだ。
その時、ラスは、唐突にリンに言うべき言葉に気づいた。
「そうだ、リン…俺は、おまえに礼を言いたい…ありがとう…リン…」
「え?何…?なんで…私…何かしてあげた?私が、ラスに優しくしてもらったんだと思うけど…」
「いや…おまえは、俺に計り知れない大事なものを与えてくれた…教えてくれた…」
急に靄が晴れように、ラスには、はっきりとわかった。何故、俺は、今、こんなにも満たされ、揺ぎ無く、自身が確固としたのか、それは、おまえが、俺の人生に意味を与えてくれたからだ、と。
俺は族長の息子だ、一族の危機には、先頭に立って災厄をはらわねばならない義務がある、そのための力を蓄えねばならない道理もわかる、が、何故、4歳にもならぬ頃から…生き抜く術もろくにしらない子供の頃から流浪の辛苦に耐え、流離の孤独を忍ばねばならなかったのか。ただ力を蓄えるためなら…戦いの技を磨くためなら、ある程度の年齢に達してから傭兵として修行に出る、という形だってよかったはずだ。だが、俺に課せられたのは、物心もつかぬ年頃からの、たった1人の放浪だった。
不満や恨みがあるわけではない、ただ「何故」という疑問が、ある日、ふと、生じた。子供の身では、日々、命を繋ぐだけで精一杯で、今日、生き延びられたことに安堵し、明日より先のことは考えられなかった。が、長じて、投げかけられた侮蔑の言葉の意味がわかるようになり、そして、傭兵として雇われ日々の暮らしに困らなくなり…それで、考えてしまったのだと思う。
そして、一度生じた疑問は、俺の心の中に居座ってしまった。過酷な暮らしの中で、戦う技を磨いている時は何も考えずに済んだ、が、時折、この疑問は、不意に心の表に表れて、俺を揺さぶった。
俺は俺の止めるべき『災い』に近づいているのか、いないのか、虚空に闇雲に矢を放ち続けているような焦慮、手ごたえのなさという空虚、空回りへの恐怖、己の行為に意味があるのかという疑問…。リキアの領地を転々とし、戦う力を蓄えゆく中で、時折、いつの間にか心の空隙に忍びより、己が精神を蝕み腐らせる毒に、俺は、絶えず脅かされていた。戦う相手、最も油断ならない敵は、いつも自分の中にいた。
俺の経てきた絶対の孤寂の苦しさ、辛さ、これには、何か、意味があるはずだと思った、思いたかった、思わなければ、生きてこれなかった、という方が正しいかもしれないが…。
だが、あの時…おまえの口から『あなたと、私は同じ孤独を知る者』という言葉を聞いた時、俺は、頭の中に稲光が一閃するかのよう衝撃を感じた、その訳が、今、はっきりわかった。
俺には、積年の孤独、果て無き焦慮に耐える時間が、きっと、必要だったのだ。傍らでおまえの身を守るだけなら、力さえ蓄えていれば、それでよかったのだろう、だが、おまえの心に寄り添い、おまえの寂しさを理解し、分かち合い…おまえを大切に慈しむためには、俺は、同じ思いを、この身で知る必要があったのだ。一人きりの孤独、寂しさを知り、それに耐え、それでも生きていく…前に進まんとする強い意志の力を…おまえと同じものを得るために、俺は、一人流離ってきたのだ。俺の風が強いだけなら…力だけでは、おまえを、守ることはできても、根幹から支え癒してやるには、きっと足りなかったのだ。絶対の孤寂に晒される頼りなさと恐ろしさを、この身にしみて知っているからこそ、俺はおまえを理解でき、おまえもまた、俺の心を誰より理解できるのだ。魂の伴侶と出会い、心を分かち合い、支えあい、共に歩んでいくために、俺には、あの流浪と孤独を知る必要があったのだ。
おまえは、同じ孤独を知る者だから、俺に心を許してくれた。俺のまとう風に安らぎを覚えてくれた、ならば、俺が経たあの孤独は、意味があった、否、必要なことだったのだ。おまえと手を携えて生きていくために。
俺が、そう思いたいだけなのかもしれない、でも、それでいいではないか。
「そうだ…俺の流浪の意味を…その答えを…おまえが教えてくれた。おまえは、俺の孤独を拭い去ってくれた…が、それだけじゃない…それより、もっと大きいものを…だから、リン、礼を言わせてほしい…」
「ラス…?」
「おまえが俺にくれたものは、あまりに大きくて…その替わりにはならん気がするが…俺の風が、お前の慰めとなるのなら…いつでも、いくらでも感じさせてやる…お前が望む、ありったけを…」
「ラス…」
「だから、決して、俺から…俺の傍から離れるな…いつも、いつでも俺の風を感じられる所にいろ」
「っ…ありがとう、ラス…」
リンの顔が、一瞬、今にも、泣き出しそうな子供のようになる。いつものリンらしからぬ、その頼りなげな風情を見た途端…今日、何度も見、その度に、何かに突き動かされるように、ラスは、リンの身を抱きしめたくなったが、もちろん、それは、今も同じだった。
「そんな顔をするな…俺は…どうすればいいのか…何をいってやればいいのか、わからなくなる」
「ラス…?」
「いや、違う…そうじゃない…そんな顔を見せるのは…そうだ…俺だけにしろ。おまえに、そんな…子供のような顔を見せられたら…おまえを抱きしめて、髪をなでてやりたくなる、だから、俺だけに…それなら、俺は、嬉しい。だから…俺以外の男の前で、そんな顔はするな…」
「ラス…私、自分では、どんな顔してるか、よく、わからない…けど…ん…そうする…」
「ああ…。それと、リン、おまえの身は…おまえの命は、俺が守る。だから、おまえは、おまえの望みを捨てるな。希望を殺すな。諦めなければ…そして、生きてさえいれば、おまえがサカの母なる大地に戻れる日はいつか来る。そう信じて、俺も、今日まで生きてきた、だから、おまえも…今は、この戦いに生き残ることだけを考えろ」
今ならー今だからこそわかる。俺は、俺自身がリンとの別れ際を辛く感じるだろうことを、恐れていた、だから、必要以上に、言葉を交わさないように自制していた。不甲斐ないことだが…一度放たれた思いは、もう、留められない、留めることはできないだろうと、意識はせずともーわかっていたからだろうと思う。
だが、最初から希望を捨て、諦めるのは愚かなことだった。俺は、もう少しで間違えるところだった、俺は、15年もの歳月、父と一族の希望を担って生きてきた、そして、諦めなかったからこそ、おまえに出会えたというのに。
「!…ん…ラス、ありがとう…ほんとにありがとう。でも、それは、私も同じ…私にも、ラスを守らせてね…」
「リン…」
「だって、ラスは、いつでも、私にラスの風を感じさせてくれるんでしょう?あなたの風で私を包んでくれるんでしょう?だから…死んではダメ…絶対に死なないで…いつでも、私の傍にいて、私にラスを守らせて…お願いよ…ううん、約束して…」
「ああ…わかった…確かに俺が言ったことだものな。俺の傍を離れるなと」
「ん、ラス…私、もう、あなたの傍を離れない…」
ラスは、自然と微笑んでいた。
おまえは、いつでも、俺が、最も欲しがる、最も喜ぶものを、何気なくくれる。
きっと、おまえは、それを知らない、気づいていない、多分、俺が、どれ程おまえに必要とされたがっていたかも…今、生きながらにして、雲を踏むような喜びに満たされていることも…だが、それでいいのだろう。これからも、俺が、おまえの傍にいればいいことだから。
そう思ったラスは、もう一度、リンをしっかりと抱きしめて、包み込むような口づけを与えた。
と、リンが、初めて、ラスの唇を吸い返してくれた。
これから幾度となく、それこそ数え切れぬほどかわすことになる、幸せと喜びを互いに分け合い与えあう口づけだった。
FIN