「お嬢ちゃん…お嬢ちゃん…?」オスカーはアンジェリークの頬を大きな掌で包むように撫でた。幸せそうな顔でアンジェリークが微笑んでいる。でも、瞳は開かない。穏やかな吐息が規則的に繰り返されている。
「眠っちまったか…」
オスカーはアンジェリークの額にちぅーっとキスをしてから、己を引き抜いた。ぬぷりと隠微な水音が響く。愛液であふれかえった秘裂に2回放ったのだから、互いに、性器そのものも、その周辺もぐっしょり濡れそぼっている。オスカーは、一瞬、『お嬢ちゃんも眠ってしまったことだしシャワーでも浴びにいくか』と思ったのだが、幸せそうに眠るアンジェリークの傍をなんとも離れがたく、結局、羽枕に片肘をついてアンジェリークの寝顔をこれまたこの上なく幸せそうな笑みを浮かべて、飽かず眺めてしまう。
寝息をたてるアンジェリークにちょっと無理させてしまったかな、とも思う。深いエクスタシーは、女性に結構体力を消耗させるので、疲れて眠くなってしまったのだろう。
でも、このどうにも切羽詰まった激情を思い切りアンジェリークにぶつけ、それを寸分もらさず受け止めてもらうこんな情交を自分は決して嫌いではない…いや、むしろ楽しんでいる。体力がついていかず、精魂尽き果てたようにアンジェリークが意識を手放してしまう、この結末も含めて、自分はこの過程のすべてを楽しんでいる。だから、自分にとって出張はどうにも嫌な仕事とはいえないな、と苦笑する。あまりに長期間や、頻繁な出張は願い下げだが、今程度の頻度で短期のものなら、自分たちに激しく情熱的な情事をお膳立てしてくれるための舞台装置と思えなくもないな…と。
ただ、とりあえず、極限まで切羽つまっていた状態は解消できたものの、オスカー自身はまだ、余裕綽々…というより、漸く人心地がついたくらいで、主観的には全然物足りない。『空腹で倒れそう』という状態が、せいぜい、『おなかと背中がくっつきそう』な位に軽減したといったところか。
「自分から誘うようにブラを外していたっていうのに、2回でダウンとは早すぎるぜ、お嬢ちゃん…」
と、軽く笑んで頬にキスをし、アンジェリークがこれを聞いていたら、また真っ赤になって否定したことだろうなと思い、ほほえましい気持ちになる。
それと同時に、そういえば何故アンジェリークがノーブラだったかは、結局はっきりわからなかったな、ということも思い出した。
理由は黙して語ってくれなかったが、寝ぼけて着け忘れたのかという問いにも、自分を誘っているのか?という問いにもはっきり否定の言葉を発していた…ということは、この2つは本当に違うのだろう。アンジェリークは積極的に嘘をつくとか誤魔化すという意識や精神構造が皆無なので、彼女が違うといえば違うのだ。では、いったいなぜ今日に限ってノーブラだったのだろう?出張から帰ってきた俺への歓迎の意…が1番ありそうだと思ったのだが、本人はそれをきっぱり否定していたし…何か思うところあって、ノーブラ主義に宗旨変えでもしたのだろうか?
「俺としては、待ってた、とか、誘ってくれてた…でいいんだがな…」
と言いながら、アンジェリークの髪を撫でる自分の掌がふと目についた。何かが神経に触って、オスカーは自分の手をじーっと見た。掌…から触発されたのは、ついこの前までは己の掌が余る程だったのが、今は、掌からはみ出すくらいによく成長したなぁという魅惑の膨らみへの感慨とその感触だ。たった今まで思う存分触れていたから、その感触は鮮明に掌に残っている。
そして、お嬢ちゃんが、今日持っていたあのカタログは、何のカタログだったかといえば…
「ああ、なるほど」
オスカーの脳内で2つの事象が今、ひとつの回路でつながった。これなら符号が一致する。
「もしかして、ものすごく単純な理由か?お嬢ちゃんがブラを外していたその訳は…」
お嬢ちゃんは最近成熟著しいと言っていたのは自分ではないか、…もしかして、単純にお嬢ちゃんはブラがきついというか、胸が窮屈で苦しくなっちまって外していただけなのか?
でも、それならお嬢ちゃんが下着のカタログを持っていた訳もわかる。
きっと、手持ちの下着ではサイズが合わなくなってきているのだ。それで、新しいものを購入しようとカタログを検討していたに違いない。
「胸のサイズが大きくなってしまってブラを外していただけなら、そんなに恥ずかしがることでもないのにな…でも、恥ずかしがり屋のお嬢ちゃんには、胸が大きく育ったってこと自体が照れくさいことだったのかな?」
単に胸がきつくなって、ブラを自分から外したというだけのなら、恥ずかしがりながらもアンジェリークはノーブラだった訳を語ったかもしれない。が、ロザリアにブラを没収されたという事実は、自分の、下着とボディラインへの意識の低さの現れみたいで、それが恥ずかしくてアンジェリークは、上手く訳を言えなかったのだが、オスカーには、当然そこまではわからなかった。
それにしても…とオスカーは思う、アンジェリークの胸が成長していることには気づいていたのだから、下着も早めに変えた方がいいのではないかと、アンジェリークに提言しておいてやればよかったのかなと。
オスカーは聖地にある時は毎晩のようにアンジェリークを抱いている。毎日見ている人間の変化は却ってわかりにくいものであるが、オスカーは、アンジェリークの肉体が初めて抱いた時に比して格段に成熟しつつあることを、まさにその肌身でもってよーく知っていた。
何せ、日に日に、触れる肌の感触も、抱きしめた全体の感触も、どんどん心地よくなる一方なのだ。胸にあてがう掌には隙間がなくなっていき、ウェストはますます折れんばかりにくびれ、まろやかなヒップはしっとりと瑞々しい張りに満ち、肌はいくら撫ででも撫でたりないほどの柔らかさ、滑らかさ、吸い付かんばかりの心地良さで…という具合なのである。
それなら、早晩今までの下着はサイズが合わなくなって当たり前ではないか。
そういえば、自分はアンジェリークの服を1から脱がす時には、いつも可能な限りの速さでホックを外してブラを取り去り、乳房を開放していたような気がする。オスカーはこよなくアンジェリークの乳房を愛しているので、彼の時には一刻も早く、乳房のすべてを余すところなく、目で鑑賞し、手と口唇で愛撫したいから速攻で下着を取り去っていたのだが、、もしかしたら、アンジェリークの胸が小さな下着で押さえつけられている様子が自分の目には苦しそうに見えて、意識はせずとも、なるべく早くブラを奪取してやりたかったのかもしれないと、今になって思った。
まあ、結果として数日間、アンジェリークが新しい物を購入するまでにブラの空白期間が生じて、ノーブラですごさねばならないとしても、自分にとってもアンジェリークにとっても、それほど実害があるとも思えないし、第一、この事実にはっきり気づいていたとしても、それをアンジェリークに面と向かって告げられたかどうかは、また別問題だな、とオスカーは考え直した。
「ブラのサイズが合ってないんじゃないか」なんて迂闊に言おうものなら、余計なお世話だと疎ましがられたり、「オスカーさまのえっち!」とアンジェリークからセクハラおやぢ扱いされかねない。まあ、この程度なら、誤解を解く努力をすればいいだけだが、「オスカー様、なんで女性の下着のことなんて…そんなことにお詳しいんですか!」なんて過去の悪行を自ら語るに落ちる羽目になりかねないと思うと、こんなデリケートな問題は、おいそれと口に出せなかったかもしれないなぁとも思うのだ。
でも、実際アンジェリークも苦しかったからノーブラでいたのだろうし、こうして下着のカタログを見ていたということは、すぐにでも新しいサイズのものを購入するつもりだろう。それなら、今更俺が口出しすることもないな…とまで、考えた時、オスカーは、はっとした。
お嬢ちゃんがカタログを見ているからといってこのカタログ内の商品を購入するつもりがあるとは限らないではないか。女性は通販カタログを見ること自体が娯楽だったり、見ただけで満足してしまうことがあると聞いたことがある。新しい下着を買うことは確実だとしても、単に参考として見ただけとか、見てはみたけどやっぱり自分には似合わないと思い込んだりで、このカタログから下着を選んでくれるとは限らない。今まで身につけていたような、健全で透けた部分など1箇所もないようなブラを、サイズだけ変えて購入してしまうかもしれないではないか。
しかし、オスカーはアンジェリークの持っていたカタログの中身をすでに見てしまった。そして、あのカタログのランジェリーをアンジェリークが身につけたらどれほどかわいかろう、という妄想で鼻血まで噴きそうになってしまっている。
とても諦めきれるものではない。なんとか1枚か2枚だけでも、あのカタログから選んでくれないだろうか…
しかし、後ろから「あれがいい、これがいい」と口出しするのは、お嬢ちゃんがいやがるかもしれんしな…俺だって、お嬢ちゃんから「オスカー様の下着は私が全部用意しましたから、これからはこれを穿いてくださいね」とへそまで隠れる真っ白な子供グ○ゼとか、赤フンとか差し出されたら「これはちょっと…」と躊躇うだろうしなぁ…
しかし、しかしだ…
ワードローブのすべてに口を出すのはお節介で余計なお世話かもしれんが、俺が「お嬢ちゃんには、こんなものも似合うと思うぜ?」と、1、2枚、プレゼントするくらいなら、押し付けがましくはないかもしれん。
何よりとにかく、俺があのカタログのランジェリーを諦めきれんのだー!
とりあえず、ブラとショーツを2セットくらいなら、許容範囲だろうか…となると、まずサイズを確認せんとな…
メジャーで測るのは、お嬢ちゃんを起こしてしまうかもしれない。ここはやはり目測&己の皮膚感覚を信じよう!とオスカーは考えた。
「お嬢ちゃんの胸は…と、俺の掌で覆うと、今は指を食い込ませないと包めないくらいだから…こんなもんか…この内容量だとDカップといったところか…」
オスカーは自分の手をわぎわぎと軽く握ってみて、つい先ほどまでまさしく掌中に収めていたアンジェリークの乳房の感触を反芻する。
「それにしても、指が余る位だった胸が、よく短期間でここまで成長したもんだ…」
なんて思わずじーんとしてしまう。
「きゅーっと抱きしめた時の胴回り…じゃない、胸周りを抱いた時の腕はこんなもんだから…と」
今度は、アンジェリークの背に腕を回して抱きしめた時の腕のカーブ具合を検証する。
「この周回だと…アンダーは65といったところか…まったく華奢で愛らしいな、お嬢ちゃんは…」
こんな細い小さな身体で、よくこの俺の激情を余す所なく受け止め、あまつさえ応えようとしてくれているものだと思うと、またもじーんとしてしまうオスカーである。
「さて、サイズは65のDってことで、お嬢ちゃんにはどんなブラが似合うだろうか…」
と、オスカーは改めて真剣にカタログの検分を始め、同時に寝室のコンソールを立ち上げて自分のIDを打ち込み、守護聖専用の通販フォームにアクセスした。軽快なキー捌きで、アンジェリークの好みに合いそうな淡い色合いの物で、かつ、自分の目からみて似合いそうだと思ったブラとショーツのセットを2組注文した。
そこで、またも、先刻目をひいた総レースのキャミソールがオスカーの目をひきつけた。再度見ても、このカタログ中でもこれが白眉であろうという評価は変わらない。
やはり、これは捨てがたいというか、アンジェリークに身につけてもらいたいという思いを捨てきれない。
だが、アンジェリークが黒の下着など身につけてくれるだろうか?かなり難しいかもしれない…
そうだ、色が、アンジェリークにはなじみやすい物なら、もしかしたら、それほど抵抗感なく身につけてくれるかもしれない。それこそ結婚式の時のような白いランジェリーなら…この際、こういう類のランジェリーに抵抗感を持たないでもらうようになるのが先決であろう。
「よし!この際思い切って勝負だ!万が一…てこともあるが、そのときは長期戦覚悟だ!」
黒とかボルドーとかの、いかにもセクシーなランジェリーに未練がないと言えばうそになるが、急いてはことを仕損じると思い、オスカーはどうしても諦めきれないキャミソールセットも、ただし、色は白にして、あわせて注文フォームに打ち込み、コンソールを落とした。
アンジェリークはまだ目を覚ましていないかと思い顔を見やれば、相変わらず幸せそうに笑っているような表情で、アンジェリークは軽い寝息をたてていた。
あまりのかわいらしさに、つんつんとぷにぷにのほっぺを指先で軽くつつくと「うにゃうにゃ…」とアンジェリークは意味不明の言葉を口の中でつぶやいて、オスカーの手を自分の手で捕らえ、それをそのままきゅーっと抱きしめようとする。
「いったい、何の夢を見ているんだか…」
くっくと笑いながら、楽しいので、もちろん、オスカーはそのままアンジェリークが自分の手を捕らえようとするに任せる。夢は目覚める直前に見たものでないと記憶に残らないというので、今、何の夢をみているのか、できれば起こして聞いてみたい。しかし、こんなに気持ちよさそうに眠っているアンジェリークを起こすことは、オスカーにはかわいそうでできるはずもない。時計を見れば、食事の刻限までまだ30分位ある。それまでは寝かせておいてやりたい。
その間に、俺はざっとシャワーでも浴びてこよう。
オスカーはアンジェリークを起こさないよう、名残を惜しみつつそっと彼女が抱えている自分の腕を抜き取り、バスルームに向かった。自分がシャワーから出ても起きていないようだったら、彼女もシャワーを浴びられる時間の余裕をもって起こしてやろうと思った。
『あ、だめ、いかないで…』自分のとても大事なものが腕からすり抜けてしまう喪失感に、意識がそれを追おうともがいた。加えて、ざーざーという水音が、意識の表を雨だれのように叩き、アンジェリークの覚醒を促した。
「ん…あれ…?わたし…」
自分がどこにいるかわからなかったのは、ほんの一瞬だった。なじみのある部屋の風景、なじみのあるシーツの感触、そして、何より大好きなあの人の香りが自分を包みこむように漂っている。自分は、いつもオスカーと2人で休むベッドの中にいるのだということを、頭よりもまず身体の感覚が悟っていた。
どうして自分がベッドにいたのかを思い出したのは、その数秒後だった。ぽぽぽ…と、頬が燃えた。でも、それなら、オスカー様は…?
オスカーの所在を意識した途端、浴室から聞こえる勢いのいい水音に改めて気づく。
ベッドも暖かいから、つい、今しがた浴室に入られたのかも。まだ、しばらくは出ていらっしゃらないみたい…そう思って、アンジェリークは、もう1度ぽすんと羽枕に頭を沈みこませた。オスカー様がお出になったら、私もシャワーを使わせていただこう、とろとろになっちゃっているから…今、浴室に入るのは、ちょっと待とう…一緒に入ったりしたら、もしかしたら、またオスカー様の腕の中に閉じ込められてしまうかも…って思うから…やだ、私ったら、何考えてるのかしら…
ぽぽぽ…と再度、頬を染めながら、オスカー様が出てくるまで、猫みたいに、このままベッドにごろごろしてようかなー、だって、すっごくふわふわ幸せな気分なんだもん…と思ってころんと寝返りを打った拍子に、寝室のライティングビューローの上にロザリアからもらったランジェリーカタログが置いてあるのが目に入った。
「あれ?私、あんな所にカタログ置いたっけ…」
と思ったとたん、アンジェリークははっとした。
そうだわ、私、結局新しいブラをまだ注文してない!
仕事を早めに終わらせて、終業時刻までに注文しちゃおうと思ってたら、オスカー様が迎えに来てくださってそのまま帰ってきちゃったし、帰宅した途端こういう展開だったし、ご飯を食べたその後は「さあ食後のデザートだ〜!」という展開になりそうな予感がそこはかとなくするし…。
それが嫌ではないし、よくあることといえばよくあることなのだが、そのまま、また意識を失ってしまったり、眠ってしまったら、ブラの注文ができない…
今日中に注文しなければ、それだけノーブラですごす日数が増えてしまう。
何より明日、ロザリアから「注文したでしょうね」とチェックが入るに決まってるわ!
アンジェリークは、がばと起き上がると、シルクの上掛けだけ身体に巻きつけてから、寝室のコンソールを開いて、自分のIDを打ち込み通販フォームを立ち上げた。
「今のうちに、注文を済ませなくちゃ」
幸いカタログは丹念にチェックしてあったので、お目当てのものがどの辺りにあるかは、すぐわかる。
「色は…色は………うん、アンジェリーク、勇気を出すのよ!どんなことにも初めてっていうのはあるんだから!あまりにも似合わなかったら、授業料だと思って返品するか、注文しなおせばいいんだし!」
と思い切りよく、色指定ボタンもクリックした。
注文確認にOKを出して、コンソールを閉じたのと、シャワーの水音が収まったのと、ほぼ同時であった。
「よかった…これで、夕食後にまたすぐベッドに戻ることになっても、そのまま眠ってしまっても、大丈夫だわ…」
聖地と外界の時間差のおかげで、通販の品物は在庫さえあれば翌日には届くのが普通である。それなら、ノーブラですごすのも明日の日中までで済むかも…
ふぅと一息ついて、ベッドに腰掛なおしたそのときである。
「お、お嬢ちゃん、自分で起きられたのか、珍しいな」
腰にタオルを巻いて、髪を無造作に拭き拭き、オスカーが浴室から戻ってきた。
「あ、オスカーさまっ!はい、シャワーの音で、目が…覚めました…」
返事をしながら、アンジェリークはぽーっとオスカーを見つめてしまった。前髪が不ぞろいに額にかかっている様は少年のようなのに、水滴がところどころに残っている褐色の肌は何だかとてもセクシーで、アンジェリークはこんな何気ないオスカーの立ち姿にも、胸が高鳴り、心奪われてしまう。
「よく眠ってたから、起こさなかったんだが…でも、目が覚めたのなら、俺が出るのを待ってないで浴室に入ってきてよかったのに…食事前に、シャワー、使うんだろ?」
「だって…恥ずかしいもん…」
優しく微笑みかけられて、もっと、どぎまぎしてしまった。
自分が裸になって、オスカーのいる浴室に入っていったら、それこそ誘っている、と思われてしまいそうだから…ううん、本当は、自分の方からオスカー様に抱きついてしまいそうだから。だってオスカー様ったら、あんまり素敵なんだもの…甘えたくなる気持ちを我慢できるかどうか、わからないから…一緒に入らなくてよかったと思う。本当に抱きついてしまったら、と思うと、とても恥ずかしいから…
「と、とにかく、急いでシャワーを浴びてきちゃいますね」
「ああ、それがいい。さもないと、食事中にとろとろっと溢れてきちまうかもしれないぜ?」
「やん、もう、知らない!」
ぴゅーと逃げてしまったアンジェリークを、敢えて追わず、オスカーは、くっくっと笑って見送った。そういえば、あまりに切羽詰まって事に及んだので、出張土産があることも話していなかった。夕飯から後は、2人で少しゆったりすごそう、もちろんデザートにアンジェリークを、今度はじーっくり味わうことをメインにしてな…と、思うと、ますます楽しい気分になるオスカーであった。
更に明けて翌日の夕刻である。執務も無事終わり、今日もオスカーとアンジェリークは仲良く一緒に私邸に帰宅した。すると執事が、お荷物が届いておりますので、お部屋にお持ちしておきました、と伝えてくれた。
オスカーは『昨日、俺が頼んだランジェリーがもう届いたのか、思ったより早かったな』と思い黙って頷いた。なぜか、隣でアンジェリークも安堵の表情で頷いていることにこの時、オスカーは気づいていなかった。
とりあえず、何食わぬ顔で夫婦の部屋に入ると、なぜか梱包が2つある。
『別送にするほど大きなものを頼んだ覚えはない、が、もしかしたら、ブラセットとキャミソールは別便扱いなのだろうか…』と思いながらオスカーは梱包を解こうとした。
するとアンジェリークが慌てたように
「オスカーさま、その荷物、私のだと思うんですけど!」
と言い募ってきた。みれば、アンジェリークはアンジェリークで1つ梱包を抱えこんでいる。
「え?いや、これは俺が注文したものだと思うんだが…」
発送元は確かに自分が注文した大手ランジェリー会社になっている。
「え?その箱は多分、私が注文したものだと思うんですけど…」
しかし、アンジェリークも退かない。どうやら、アンジェリークも何か注文してあったらしい。それなら、逆に今、梱包を解いてしまった方がいい。アンジェリークがオスカーの注文した下着を見て「これは私が注文したものじゃないわ、間違って届いたのね」と返品手続きでもしてしまったら元も子もない。
「箱を開けてみれば、誰宛てかわかるさ」
オスカーは、今更隠しても仕方ないし、もう、ここで、自分が注文したものを見せて、アンジェリークの反応を伺ってしまおうと思った。自分の好みど真ん中でなくとも、アンジェリークは優しいから、1個や2個ならきっと俺の選んだランジェリーをサービス精神で身につけてくれることだろう。それが本当に似合っていると本人が納得してくれれば、これからは、若干大人っぽいものでも、自分から進んで身につけるようになってくれるかもしれない。ここは一気に勝負をかけるぜ!と決めた。1度アタックすると決めた以上、半端なアプローチはしない、というのは、オスカーの兵法の基本である。
しかし、オスカーが梱包を解きはじめると、アンジェリークはなぜか血相を変えて、悲鳴のような声をあげた。
「きゃー!だめー!それは私が開けますー!オスカーさまー!」
「?」
訳がわからず、箱のふたを開けたオスカーの目に飛び込んできたのは、全体が贅沢なリバーレースで構成されている、キャミソール&Tバックと、ブラ&ショーツのセットであった。やはりこれは自分が注文したものじゃないか、とオスカーは一瞬思ったのであるが…
「こ、これは…?」
ただし、箱の中身の色彩が、自分の注文したもののと全く異なっていることにすぐに気づいた。ブラは黒のレース地にダークレッドの薔薇モチーフを散らしたものと、ボルドーのオールレース地にローズピンクの花モチーフが散らされたものだった。キャミソールセットは自分がとてつもなくそそられたものの、アンジェリークには着けてもらえまいと、泣く泣く注文を断念した黒の総レースだった。揃いのTバックには、ポイントとなる真紅の薔薇が一輪、あでやかに咲いていた。
『こ、これは、俺が注文しようとして、でも、諦めたアイテムの数々!な、何故、これが届けられたんだ!?』
オスカーは通販の注文サイトが自分の内なる望みを自動的に汲み取って送ってくれたのか、と一瞬考え、そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないかと、すぐ正気に戻った。
「あああ〜、いやーん、オスカーさま、みないでー!って言ったのに〜!」
アンジェリークがすごい勢いで、オスカーの開梱した箱をひったくった。
「も、も、も、ためしに着けてみて、おかしくなかったらお見せしようと思ってたのにー!」
「え?じゃ、これはお嬢ちゃんが注文したものなのか?」
オスカーは訳がわからない、じゃあ、自分が注文した物はどうしたのか…
「あ!お嬢ちゃん、もしや、そのもう1個の箱は…」
「え?」
アンジェリークはアンジェリークで、自分の注文したランジェリーが2個口で送られてきたのだと思い、せめて、こちらの梱包分はオスカーに開けられてしまう前に自分で開けてチェストに仕舞ってしまうつもりで、もうひとつの箱を開けたところであった。
「あ?あら…これ…」
箱の中身はアンンジェリークが注文したブラ&ショーツのセットと、キャミソール&Tバックのセット…だったのだが、自分が注文したものとは色が違っていた。見るからに清楚な白のレース地に、ピンクの薔薇模様のセットと、水色のアネモネのモチーフを散らしたセットが各ひとつづづ、そしてキャミソールは白の総レースで、お揃いのTバックの薔薇は、こちらはかわいらしいベビーピンクの刺繍だった。
『こ、この色とデザイン、私が最初、注文しようとして、でも、もっと、大人っぽいものにしようと思って、辞めたものばかりだわ…』
何故、これも一緒に送られてきたのか訳がわからない。自分は無意識に色違いを2重に注文していたのだろうかと、首を傾げつつそれらのアイテムを手に取ると、突然オスカーが
「あ!それだ!そっちが俺が注文したヤツだ!」
と叫んだ。
「は?『俺が注文した』って…この下着、オスカー様が注文なさったものなんですか?」
「うっ!…いや、その、そうなんだ…」
「???」
アンジェリークは更に訳がわからない。なんでオスカー様が、私の下着を、しかも、自分が最初注文しようと思っていた色を注文なさったの?オスカー様がご自分で着けるわけがないし、第一、オスカー様の身体には、このサイズでは身に着ける前に破けちゃいそうに小さいし…
なんて、明後日なことを考え込んでしまうアンジェリークである。
「なんで?なんでオスカー様が私の下着を注文なさったの???」
すると、オスカーがわたわたとアンジェリークに釈明し始めた。
「これは…その、俺からのプレゼントだ。お嬢ちゃんの好みじゃないかもしれんが、きっとお嬢ちゃんに似合うと思って、俺が勝手に選んだものなんだ」
「オスカー様が?オスカー様が私にって、選んでくださったの?」
「ああ、余計なお節介かとは思ったんだが、その、カタログが落ちているのを見つけて、お嬢ちゃんは新しい下着を買うつもりなのか思ってな…で、カタログのランジェリーはお嬢ちゃんはあまり着けたことがないタイプだということはわかったんだが、俺の目には、きっとこういうのも似合うんじゃないかと思って…あ、いや、強制する気は全くないんだ。試しにどうか位の気持ちで注文してみたんだが…」
一気加勢に勝負をかける!と決意していた割りにオスカーは歯切れが悪い。こういう状況で己の内幕を明かすことになることは想定していなかったのだ。じゃーんと箱を開けて「お嬢ちゃんに俺からのプレゼントだ!俺が見立てたランジェリーだぜ!絶対お嬢ちゃんに似合うから、1度でいい、だまされたと思って着けてみてくれ!」と勢いとノリで、アンジェリークを丸め込む…ではない、ご笑納いただき、あわよくばこの場で着けてもらうつもりだったのだが…
「これ…サイズもぴったり……なんで?オスカー様、なんでわかったの?私が新しい下着を買おうと思っていたことも、私のサイズも、私が最初、選ぼうと思っていた色も…」
アンジェリークは心の底から不思議でならなかった。自分自身、バストサイズが変わってることは、つい一昨日指摘されて気づいたばかりなのに…そのサイズも、自分が最初に買おうと思っていたデザインをオスカーが選んでくれたことも…
どうして、オスカー様は何でもご存知なの?オスカー様は魔法使い?
そんな風に思えてしまうアンジェリークである。
「そりゃ、お嬢ちゃんのことだからな…」
しかし、オスカーはどことなく後ろめたいような気分で、歯切れ悪く返答した。
じーっと手をみて、アンジェリークの胸の感触から憶測でサイズを言い当てたオスカーはその内実もいえるわけもなく、なんとも罰が悪い気分だったのだが、アンジェリークはオスカーの言葉に、びっくりしたような顔をしたかと思ったら
「…すごい、オスカーさまってすごい…オスカーさまっ!私、うれしいですっ!」
と、言って、オスカーの胸板に勢いよく飛びついてきた。
「お、お嬢ちゃん…?」
「オスカーさま、嬉しいです、ありがとうございます、あれ、私が、最初注文しようと思っていた、色柄ばっかり…少し大人っぽいデザインでも、ああいう色なら、私が着てもそんなにちぐはぐじゃないかも、って最初、選ぼうとしてたものばかりです」
「な…お嬢ちゃんに、絶対似合うぜ、あれは!ちぐはぐなんてことは絶対無い!カタログを見て、お嬢ちゃんが身に着けたら、きっとすごくかわいいと思ったんだ…って、あれ?あの色を最初に注文しようと思ってたって…でも、お嬢ちゃんが注文した箱に入っていたのは、黒とワインカラーの総レース…???」
その言葉に、アンジェリークはぼぼん!と耳まで真っ赤になった。
「きゃーきゃー!忘れてー!こっそり1人で着けてみて、おかしくないかどうか、試してみるつもりだったんです〜」
「ほう…お嬢ちゃんが、ああいう色を選ぶとは意外だったな」
するとアンジェリークは一転、ものすごく悲しそうな表情になってしまった。
「やっぱり…おかしいですか?不釣合いですか?そうですよね…あんなに大人っぽい色、私みたいな童顔じゃ似合わな…」
自分の言葉に、一瞬、泣きそうになってしまい、慌てて踵を返してオスカーが開けた箱を持ち上げ、下を向いたまま、こう続けた。
「これ、しまってきますね。ううん、返品しちゃった方がいいかな、オスカー様が、私に白の下着を買ってくださってたから、似合わない色のを着けなくてもいいんだし…」
くるんと、回れ右をしてクロゼットに向かおうとしたアンジェリークの腰がぐい!と引き寄せられた。
「きゃ…」
「早とちりのあわてんぼうだな、お嬢ちゃんは…」
腰に手を回して抱き寄せられ、アンジェリークは頬にキスされた。そのまま、ぺろんと、涙のにじみかけた眦を舐めとられる。
「俺は、意外だったと言っただけで、似合わないとか不釣合いだなんて一言もいってないぜ?」
「え…?」
「実は、お嬢ちゃんが選んだ色は、俺が最初一目で見て気に入って『これはお嬢ちゃんに似合いそうだ、きっと、すごく綺麗だぞ!』と、思わず注文しかけた色なんだ」
「は?」
「でも、今までお嬢ちゃんが着けていた物とは傾向がだいぶ違うから、買っても身につけてもらえないかもしれんと思って、俺自身は、お嬢ちゃんが好きそうな色柄で選んで注文してみたんだ…だって、俺が好きで、似合うと思った色柄でも、お嬢ちゃんの好みじゃないものを無理に押し付けたくはなかったからな…でも、実は俺個人としては、あの色に未練たっぷりだったんだぜ?」
「オスカーさま…」
「だから、お嬢ちゃんが、自分であの色柄を選んでくれたなんて、最初、信じられなかった、でも、今は、期待で胸がいっぱいなんだぜ、あれを身につけたお嬢ちゃんは、どれほど美しく蠱惑的だろうと…早く、あれを着けたところを見せてもらいたくてたまらないんだ。返品するなんて、俺を悲しませないでくれ…」
アンジェリークはオスカーの方に向き直り、真剣な面持ちでオスカーを見上げた。
「ほんと?ほんとに見たいと思ってくださる?おかしくないと思う?」
「ああ、俺が似合うと思ったんだから絶対似合う。俺の見立ては確かだぜ、お嬢ちゃん」
アンジェリークは一瞬目をまん丸にした後、悲喜こもごもの複雑な笑みをオスカーに投げた。
「そう、そうですよね…オスカー様は、私のサイズも、好みも全部わかってくださってるんですもの、オスカー様が似合うって思ってくださるなら、そうなんですね…ごめんなさい、私、自分が子供っぽいってコンプレックスがあるから…ちょっと勇気を出して注文してみたんですけど、でも、やっぱり自信がなくて、だから、オスカー様のお言葉を後ろ向きに…勝手に悪い方向に受け取ってしまって…それで1人で悲しくなってしまって…ごめんなさい…」
敢えてそのことにはそれ以上触れず、オスカーはアンジェリークの鼻先に自分の鼻をちょんとくっつけ、こう尋ねた。
「勇気を出したって、どんなことを考えて?」
「あ…えっと…その…」
ちらっとオスカーの顔を見上げる。許諾を求めるように。オスカーは、アンジェリークを安心させるかのように軽く笑んで黙って頷いた。
「私、オスカー様が好き、大好き、どう伝えたらいいかわからないくらい好きなんです…」
「ああ…」
「だから…自分がオスカー様を好きでたまらないから、オスカー様にも、私をいっぱい好きになっていただけたらいいなって思って…少しでも魅力的になりたくて…綺麗になりたくて…安易かも、とは思ったんですけど、オスカー様の好きそうな色で、大人っぽいデザインの下着をつけてみたら、オスカー様に、少しは素敵だって思ってもらえるかもって考えて…」
それ以上は恥ずかしくて続けられず、顔をオスカーの胸にうずめてしまった。こんな単純な考え自体が、子供っぽいと思われたような気がして。
胸に押し付けたまま顔を上げないアンジェリークの髪をオスカーは丁寧に撫で、こう言った。
「欲張りなお嬢ちゃんだな…俺は今でもこんなに君に夢中なのに、もっと好きにさせたいなんて……」
ぴくんと、アンジェリークの肩が震えた。おずおずと顔をあげたところをすかさず捕らえられ、唇をふさがれた。
「んっ…」
唇はすぐに離れたが、オスカーはアンジェリークの頬を両手で包み込んで自分の方を向かせる。氷青色の瞳は優しげに細めれ、アンジェリークの顔を覗き込んでいる。
「今以上に俺を夢中にさせようとするなんて、いけないお嬢ちゃんだ…でも、俺はその気持ちがたまらなく嬉しいぜ?俺の好きそうな色やデザインを敢えて選んでくれたんだろう?自分の好みは抑えても…その理由が、俺をもっと夢中にさせたいからだなんて…なんてかわいいことを考えるんだ…全く、かわいすぎるぜ、お嬢ちゃん…」
「オスカーさま…そんな…」
アンジェリークの胸に安堵と喜びの感情がじんわりと染みわたっていく。オスカーが、自分の拙い思いを笑わずに受けいれてくれた。その気持ちが嬉しいといってくれた。アンジェリークの内部に、ふつふつと幸せな気持ち満ちていったその時だ。
「さあ、じゃ、せっかく、俺のために色々考えてくれたんだから、実際に俺を夢中にさせてくれないか?」
と、真面目な顔でオスカーが告げた。
「え?…ええ?!」